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<title>中西元男公式ブログ | 中西元男　実験人生</title>
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<copyright>Copyright (c) 2008, Nakanishi</copyright>
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<title>アーカイビングの価値を発揮し始めた「World Good Designアーカイブス」</title>
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<summary type="text/plain"> 「World Good Designアーカイブス」が間もなく全１０巻を数えるま...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p><a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_11.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_11.html','popup','width=600,height=306,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_1-thumb.jpg" width="345" height="175" border="0"/></a><br />
「World Good Designアーカイブス」が間もなく全１０巻を数えるまでに成長し、最近ではじわじわとその資料的価値が認められる存在になって参りました。嬉しいことです。</p>]]>
<![CDATA[<p>私は１９９８年からグッドデザイン賞(Ｇマーク)の審査委員長の任に就いたのですが、３年間の在任中に「世界中には、わが国のＧマークをはじめ数々の優れたグッドデザイン表彰制度があるにも関わらず、これらの賞情報の網羅一元化がどこにおいても成されていない」ということに気づき、それは実に不便かつ不思議との思いを持ちました。例えば審査員の誰かが「これは○○デザイン賞で選ばれたものと似ている」と話しても、確認のしようもなかったのです。７０人もいる審査員達も世界的拡がりや経年的なスパンの中で、総覧性をもって判断していける土壌に欠けていました。<br />
そこでＧマークの審査委員長を退いた際には、是非この重要なデータづくりの仕事を自分で始めてやろう、これを日本独自の情報資産化していこう、と考えておりました。<br />
退任の２００１年はちょうど２１世紀のスタートの年にもあたり、タイミングもよいので、世界の代表的なグッドデザイン表彰制度の中の主要な選考作品を２１世紀を期してアーカイビングし、データバンク化することを企図しました。そこで、そのための機関：株式会社ワールド･グッドデザイン（通称：ＷＧＤ）を起こし、呼びかけましたら、結果、何と３０数名もの方々に株主となっていただけたのでした。その根幹事業が「World Good Design(ＷＧＤ)アーカイブス」の編纂です。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_2.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_2.html','popup','width=600,height=398,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_2-thumb.jpg" width="345" height="228" border="0"/></a><br />
世界各国の代表的なデザイン賞一覧<br /><br />
このプロジェクトはデザイン界や教育界などにとっても意義深い筈で、滑り出しは確かに意気揚々でしたが、実態は地道な積み上げ作業の連続で、長い過程では関わった協力メンバー全員が必ずしも理念に共感し志を持って頑張り抜けない使命感の欠如、といった苦難の障壁もありました。しかし、スタート以来７年余、とかく先端部分のみ求める風潮の中、続けるには随分苦労も重ねて参りましたが、お陰様で冒頭の写真のように巻を重ね、稀有な資料集成として実ってきてくれました。<br /><br />
わが国においては、生活的･社会的にもデザインの重要性の認識がここ数年ますます高まり、経済産業省も新たに「感性価値創造イニシアティブ」なるプロジェクトを発足させました。これは日本の秀でた技術力や生産力、また伝統的な工芸資産などを活かしていくために、今後は優れたクリエーティブデザインを採り入れる感性力の醸成こそ大切という主意です。そして同省では2008年春から、この動きを国民運動化していくのだとの宣言がなされています。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_3.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_3.html','popup','width=600,height=451,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_3-thumb.jpg" width="345" height="259"border="0" /></a><br />
「感性価値創造イニシアティブ」資料<br /><br />
他方、２００７年春に新しく国立国会図書館の館長に就任された長尾真氏は、日本人が軽視しがちな、記録し続けることの重要性につき、「日本ではアーカイビングの意識がまだ低い」「歴史の流れの中でものごとを見、判断できる社会をつくることが望ましい」と警鐘を鳴らしておられます。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_6.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_6.html','popup','width=530,height=479,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_6-thumb.jpg" width="345" height="311"border="0"/></a><br />
国立国会図書館長：長尾真氏の新聞記事<br /><br />
そのことによるのかどうか分かりませんが、ＷＧＤアーカイブスは国会図書館からもご注文をいただきました。発刊当初、私たちがＷＧＤアーカイブスを同図書館に持参した際には、加除式(バインダー方式)の体裁ゆえこれは図書ではない、と断られた苦い経験を持つだけに、あらためて内容に価値を見い出していただいたことを示す実に嬉しい進展でした。<br />
ともあれ、欧米各国はもちろん中国・韓国などが、アーカイビングの重要性を国家政策に据えていこうとしている中、わが国を「情報貧国」にしないことは、今後の国際間競争上も重要なテーマと言えます。<br /><br />
昨今では、インターネット普及のお陰で、物事を素早く詳細に知ることは実に容易になってきました。しかし情報収集上の課題として、それだけでは「１.全体を総体として識る ２.流れとして捉える ３ .相対比較の中で把握する ４.存在の本質を深耕していく」といった、総覧性を必要とする情報力の分野で問題が残るとの指摘がなされています。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_4.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_4.html','popup','width=600,height=335,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_4-thumb.jpg" width="345" height="192" border="0"/></a><br />
ＷＧＤアーカイブスは使用時利便性を配慮し、バインダー形式を採用（表紙と本文頁）<br /><br />
そもそも｢ＷＧＤアーカイブス｣は、前述のごとく、２１世紀を期して世界を代表する著名なグッドデザイン賞受賞作品を情報収集しデータバンク化し、教育や商品企画の糧として、また先端的かつ美的な生活水準の向上を目指す市民・生活者の役にも立てて頂きたいとの意図のもと、スタートしたプロジェクトです。<br />
以来、約２５の国際的に著名なデザイン表彰機関と交流を重ね、年に５００点前後のグッドデザイン賞作品のアーカイブス化(和英文解説付)をこれまで推進してきました。これは世界的にも類のないことだと思います。<br /><br />
｢ＷＧＤアーカイブス｣の特色は、｢世界の優秀デザイン＆先端デザイン賞情報を網羅する｣ことに主眼を置き、情報の索引性を重視した素情報の提供・蓄積に徹しているという点です。決して各賞や受賞作品の質的探求を精度高く行おうとはしておりません。むしろその部分は最小限に留めていると申し上げた方がよいでしょう。<br />
たとえばヨーロッパの贈賞機関の中には、新しい賞が発表されると前のデータを消し去っていく所もありますので、本プロジェクトは年月を経れば経るほど、アーカイブスとしての価値を増していくものと考えております。<br /><br />
私たちは、グッドデザインに関わる情報を経年的に眺めたり各賞各部門の比較対照をしていただくことで、多くの市民・生活者たちの「感性民度」を上げ、「美的生活水準」を向上させ、ひいては魅力度や文化度の高い商品や産業を生み出すことに貢献できれば、それが結果として、生活美や社会美を採り入れた文化度の高い国を生み出していくことになる、との仮説のもと、《ＷＧＤアーカイブス》を少しでも多くの方々に活用していただきたいと考えています。<br /><br />
述べて参りましたような私たちの理想具現化への嬉しい応援事例がありますので、それを是非ご紹介させて下さい。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_7.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080609/080609_7.html','popup','width=600,height=624,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080609/080609_7-thumb.jpg" width="345" height="358"border="0" /></a><br />
エヒメデザイン協会ＨＰ<br /><br />
<a href="http://www.eda-jp.org/"target="_blank">「エヒメデザイン協会」</a>は、地方のデザイン愛好活動としては実に創造的かつ活性化した活動をしている組織ですが、この団体の平松以久子さんたちが先頭に立ち、《ＷＧＤアーカイブス》を公立図書館の蔵書として購入してもらうよう署名運動を起こしてくださいました。結果、２０００人以上もの署名が集まり、見事、松山市立図書館への収蔵が可能となりました。こうした文化支援運動には本当に感謝々々で、頭の下がる思いです。<br /><br />
少子高齢化時代を迎え、これからのわが国は、地方が産業的な面だけではなく、文化的にも自立していかなければならない時代になってきております。それも地域の閉鎖性の中での自立ではなく、世界の最新情報にも感性をオープンにさせながらの個性化が求められているのだと言えます。<br /><br />
江戸時代のわが国は、それぞれの地域が独自の個性と文化を有した、当時の水準としては世界的な文化大国でした。同時に、明治の近代国家へとスムースに移行していけたのは、この国の指導者や国民が世界の情報をバランス良く採り入れる平衡感覚や判断力に秀でていた結果と言えるでしょう。この事実は、量的拡大ではない目標を新たに設定しなければならないこれからのわが国にとって、素晴らしい指標と言えるのではないでしょうか。<br /><br />
<a href="http://www.worldgooddesign.net/archive/index.shtml"target="_blank">「ＷＧＤアーカイブス」ご案内</a></p>]]>
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<title>劇的な週末</title>
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<modified>2008-06-03T03:52:06Z</modified>
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<summary type="text/plain">歴史も人生も、後の時代を決定づける変化は劇的に突然やってくるのが常です。言い換え...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p>歴史も人生も、後の時代を決定づける変化は劇的に突然やってくるのが常です。言い換えれば、大事件は不連続（カタストロフィ）に起こるものだ、とも言えます。カタストロフィなる言葉の解説で、「人が人を好きから嫌いになる変化はゆっくりやって来るなどと言うことはなく、大好きから大嫌いへと急転直下不連続にやってくるものだ」との説明に、妙に感心した覚えがあります。確かに私自身のこれまでの歩みを考えてみましても、後の時代の自分を左右することになる人生上の変化はおおむね突然で、予定通りもしくは予想通りにやってきたことなどまずありません。しかし通常は何らかの準備がどこかでなされていたからこそ、それは起こるとも言えます。</p>]]>
<![CDATA[<p>先週の週末、そのような予期せざることが連続して起こりました。<br />
思わせぶりな書き方で申し訳ありませんが、これは私にとっては実に想像を越えた喜ばしい変化でした。期待していなかった事態と呼んでもいいのかも知れません。<br />
まだ具体的に内容を明示する段階ではないことゆえ、奥歯に物が挟まったような書きようで申し訳ないのですが、本件の事態の成り行きに、一時はこれで私も本当のリタイアメント生活に入ってしまうのかな？とまで考えたのでしたが、次の日の夜には後には引けない状況に事態が急転したのです。<br />
加えて、またその翌日にお会いした人物にも、またまた感動するような内容のご呈示を受けたのでした。<br /><br />
ひとつは、「中西さんに喜んでいただけることが、私にとっても嬉しいことだから」（スミマセン、この話は私自身が直接聞いた訳ではなく、伝え聞いた話ですので多少正確さを欠いているかもしれません）と、ライフワークとも考えているプロジェクトに、大きな支援の申し出を受けたのでした。この報告を受ける直前までは、一度は幕引きを考え、これまで永く支援や協力をいただいていた皆さまへの挨拶の内容まで考え始めておりましたので、正直驚きました。それだけに、間違いのあろう筈はないと考えながらも、今この瞬間も、多少半信半疑である自分を情けなくも思っております。<br /><br />
もうひとつは、次の日にお会いした別の方から、「（中西さんの）提案を限られた分野として受け入れるという局所的な解決ではなく、それによって機構全体の考え方や在り方を変革したいのです」と言われたことです。加えて「ぜひ《志》を持ってやりたい」とも付け加えられました。<br />
思えば《こころざし》などというキーワードを使っての話を伺うのは、ここ何年も私の経験の中にはなかったことのように思います。それだけに、その時に自ら手帳に記した《志》のメモを、今も何度も見直しています。<br /><br />
このことを機に改めて考えているのですが、人がことを起こそうとする動機とは一体何なのでしょうか？それは金銭動機でもなく、名誉動機でもなく、ましてや自己満足などではなく、それら以上にはるかに強い動機とは、使命感に起因するものとの思いを強くしながらこのブログ書いています。それより書いておきたい衝動に突き動かされています、と言った方が正確でしょう。「実はあの時のブログの内容はこういうことだったのですよ」と内容を明示できる日の早からんことを願いながら･･･。</p>]]>
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<title>ご案内「第２回 ＪＤＢデザイン･インタラクション」に参加しませんか？次回は５月２１日（水）です。</title>
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<modified>2008-05-09T08:38:14Z</modified>
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<summary type="text/plain"> JDB“Japan Design Bund（日本デザイン連盟）”の略称(ブラン...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p> JDB“Japan Design Bund（日本デザイン連盟）”の略称(ブランド)を掲げスタートを切った､「JDBデザイン･インタラクション」なる企画が第２回目を迎えます。元々は、日本デザイン事業協同組合という組織体活性化のための新規プロジェクトです。<br />
構想は「デザイン振興につとめ、わが国をデザインインフラの充実した文化大国にしていこう」「デザインのあらゆる専門分野を超え、デザインに関心の高い方、生活や社会に美的・文化的価値の創出を望まれる方ならどなたでもご参加いただきたい」と､壮大な運動体の旗揚げのつもりですが、実体はまだほんのささやかなものです。是非、多くの皆さまに盛り立てていただきたいと考えています。</p>]]>
<![CDATA[<p>本企画の第１回は、『東京ミッドタウンにとって、デザインはどんな意味を持ち、これから何を目指すのか』をテーマに､６年半にわたりプロジェクトリーダーを務めてこられた市川俊英氏（三井不動産(株)常務執行役員、(株)東京ミッドタウン社長）に講演をいただき、続いて私が少々対談をさせていただきました。<br />
お陰さまで講演は予想を越える大好評のもと終えることができ、前半１時間は講演・対談・鼎談を聴き、後半１時間はワイン片手に名刺交換・交流、という試みも大盛況で、その場で多くの次回参加申し込みいただきました。そして、期待高まる中で第２回を迎えようとしております。<br /><br />
第２回は講師にも素晴らしいお二人を迎え、テーマは「CI戦略とブランド戦略､一体どこが違うのか？」です。<br />
詳しくは下記ご案内をご覧ください。今回も席数に制限がございますので、ご参加ご希望の皆さまは、なるべくお早めにお申し込みください。<br /><br />
詳細ご案内は<a href="http://www.designist.net/blog/tmpl_imgs/JDBi_080509_info.pdf">こちら</a>から</p>]]>
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<title>34年前の「企業の文化戦略」提案は結構新しかった</title>
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<modified>2008-05-09T09:06:35Z</modified>
<issued>2008-05-08T10:45:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">この稿は、前稿『ベネッセ「文化化コンセプト」花開く』と対をなすものです。 この図...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p>この稿は、前稿『ベネッセ「文化化コンセプト」花開く』と対をなすものです。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_5.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_5.html','popup','width=600,height=370,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_5-thumb.jpg" width="345" height="212"border="0" /></a><br /><br />
この図版は、実は1974年の「中央公論」経営問題特集誌の拙稿「試論 企業の文化戦略」中に掲載した、企業経営と文化の関わりに関する試論にして私論です。当時のわが国は、マーケティング発想がようやく萌芽の時代でした。結果論ですが、時代は確実に読めていました。</p>]]>
<![CDATA[<p><a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_1.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_1.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_1-thumb.jpg" width="345" height="258" border="0"/></a><br />
中央公論誌(1974年)<br /><br />
今を去る34年も前の構想提案ですが、それ以前から、私自身の中にずーっとこうした思いが温められていました。<br />
そして、福武書店(現 ベネッセコーポレーション)の福武哲彦創業社長の想いにピンとくるものがあって、1980年 同社に「文化化」なる基本経営コンセプトを提案させていただくことに繋がっていったのです。その事は前稿に書いた通りです。<br />
ですが、この拙論がそれを遡る6年前、「中央公論」経営問題特集に掲載された当時は、残念ながら、誰ひとりとして、企業経営と文化に関わる提言などに関心を持ってくれる人などいませんでした。まだまだ企業経営にとって「文化」などというテーマはスラック(隙間／ガタ)で、余程余った金があるならやればいい、という考えが経営学者の間でも支配的でした。<br /><br />
そもそも、私が企業経営における「文化」の大切さについて考え続けてきたのはPAOSの創業前からのことであり、現代社会の牽引役とも言える企業先導社会が歴史を創り上げていく上では、文化的貢献なくしては主役たり得ないと考えていたからでした。<br />
もちろん、当時そのようなことを周りの人に言っても、誰も関心のカケラすら示さない時代ではありました。そんな状況の中、文化と企業経営の関わりにつき、公式に私的見解を訴えた最初の論文が「中央公論」経営問題特集であったのです。<br />
これは、振り返れば歴史的に貴重な発言記録だと思いますし、今から思えば編集者もよくぞ活字にして下さったものだと思います。<br /><br />
「企業はどこにアイデンティティを求めるべきか」<br />
「いかに多く『感じさせる企業』か」<br />
「コーポレートアセスメント時代」<br />
「企業は文化機関でもあるべきだ」<br />
これらはいずれも文中タイトルからの抜粋ですが、この時の文脈の節目をよく表してくれています。<br />
最近になって、たとえば経済産業省の「感性価値こそ大切な時代だから、2008年度からこれを国民運動化していく」などの政策を鑑みるに、まさに「感じさせる力や感じ取る力を持った企業力重視の時代到来」を痛感するばかりで、われながら発想が先行して的を射ていたものと仮説力の面白さを実感します。そして、それを公的な雑誌に当時書き残しておけた事実は貴重なことでした。<br /><br />
・・・企業が何を考え、何を行い、何をどう伝えるかのテーマが、経営理念や企業の体質変換の問題と相関して、非常に重要になりつつある<br />
・・・何が本当の進歩か、何が本質的な充足かが問われる､､､ サイコグラフィックは尺度、つまりライフスタイルやソシャルトレンドが物事の価値や方向を決める時代<br />
・・・イメージとは、たとえ野放しにしておいても必ずなんらかの形で勝手にできるものであるから、なろうことならば、企業は自らの経営環境に適合したイメージ形成を、独自にコントロールしていった方がいい<br />
・・・企業もマネジリアルな側面ばかりでな､､､ ソシオ・エコロジカルな面から見ても、良きコーポレートシチズンでなければ<br />
・・・コーポレートアセスメント時代が始まろうとしている､､､ 社会的存在価値という立場から、もう一度自身を見直し、新しい経営理念と活動を打ち立てていかねばならない<br />
・・・単に物質的充足のみを目指さないで、人々の生活をつくり、社会を形成していく企業活動とは<br />
・・・企業の活動は従来の生産とか販売とかいった単能的なものから、もっと市民生活のあらゆる分野に関与できる複合機能をもった､､､ 企業がコーポレート・インテリジェンスとも呼べる文化度の高さを持たねばならない<br />
・・・企業は多くの能力をまだまだ潜在的に持っている。とりわけ文化的な能力を飼殺しにし、発揚の場を与えていない<br />
・・・マーケティングオリエンティッドな時代の次に、文化オリエンティッドな時代がやってくる､､､ 従来の企業戦略に併立する文化戦略プログラムを最終目標として設定<br /><br />
これらは34年前の本文からの抜き書きですが、最後に「これらは現時点ではなんら実証されたものではないが、企業は常に目標を設定して行動を行わなければならないし、開発に値するテーマであると、私自身強く信じているからに他ならない。」と結んでいる。<br /><br />
ベネッセの今日の企業存在や企業価値は、まさに掲げてきた仮説の実証であり、それを実現して頂けた世界でも稀有なモデルであることを素直に嬉しく思います。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_6.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_6.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_6-thumb.jpg" width="345" height="258" border="0"/></a><br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_4.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_4.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_4-thumb.jpg" width="345" height="258" border="0"/></a><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_3.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_3.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_3-thumb.jpg" width="345" height="258" border="0"/></a><br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_7.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_7.html','popup','width=600,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_7-thumb.jpg" width="345" height="258"border="0" /></a><br />
今回(4月26日)発表されたばかりの、ベネッセの直島に続き、同じく福武總一郎会長のパトロネージのもと開発された瀬戸内海の新しい美の拠点「犬島」。まるでローマ時代の遺構のような犬島精錬所跡の、存在しているだけでも迫力あるたたずまいです。(残念ながら、本プロジェクトに10年取り組んでこられたコンテンポラリーアーティスト柳幸典氏の作品は、著作権の問題で撮影禁止でした。)<br /><br />
こうした文化経営構想をもとに、その後も、たとえば川鉄のCI発足記念として、1990年当時CI事務局長であった高木聰行氏が積極的に動かれ、時の濤崎忍社長・村上英之助副社長らの賛同を得て「川鉄21世紀財団(現 JFE21世紀財団)」が誕生しました。この趣意は、「これから始まる時代を考えると、たとえ素材産業といえども、文化に資する行為を社会的存在責任として実施すべきだ」との考えのもと進められた結果で、主要な貢献事業表彰が「技術研究助成」と「アジア歴史研究助成」に限定されているため、汎用的な評価は少ないのですが、既に18年の成果が生み出されています。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_2.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080508/080508_2.html','popup','width=600,height=538,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080508/080508_2-thumb.jpg" width="345" height="309"border="0" /></a><br />
川鉄＆JFE21世紀財団の資料<br /><br />
しかし、総じて考えるに、「企業経営と文化貢献」の問題は、まだまだ、「日暮れて道なお遠しの感」深しが実状と言えそうです。<br />
私がなかなかリタイア出来ない理由の一つでもあります。</p>]]>
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<title>緊急号外 !GWに《PAOS＆中西ショップ》東京ミッドタウンに出現</title>
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<modified>2008-05-03T11:08:20Z</modified>
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<summary type="text/plain">ゴールデンウィークの２日(金)･３日(土)･４日(日)の３日間、東京ミッドタウン...</summary>
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<![CDATA[<p>ゴールデンウィークの２日(金)･３日(土)･４日(日)の３日間、東京ミッドタウンからのご依頼で、芝生広場で行われるデザイナーズ・フリーマーケットに「PAOSグッズ」のショップを出店することになりました。<br />
私たちはこれまでに周年記念品や各種ノベルティ、オフィス用やプレジャーボート用等の、楽しいブランド入り用品等々を沢山製作して参りました。マーク入りグラス各種／特製木鉢／Ｔシャツ各種／開発ロゴ入りハンカチ／オリジナル書籍など、既にわずかしか残ってない稀少品も多いのですが、この際それらを原価割れの超安値で提供させて頂きたいと考えております。<br />
各デザイナーのショップは全部で15店ほど出店のようですから、どうぞGWのひと時、お楽しみがてら是非お出かけ下さい。<br /><br />
<a href="http://www.tokyo-midtown.com/jp/anniversary/flea_market/flea_shop.html"target="_blank">東京ミッドタウン「デザイナーズ・フリーマーケット」</a></p>]]>

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<title>ベネッセ「文化化コンセプト」花開く</title>
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<modified>2008-04-24T11:32:58Z</modified>
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<summary type="text/plain">ベネッセコーポレーションの福武總一郎会長 兼 CEOが、先般「芸術選奨文部科学大...</summary>
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<![CDATA[<p>ベネッセコーポレーションの福武總一郎会長 兼 CEOが、先般「芸術選奨文部科学大臣賞」を受賞されました。文化庁の贈賞理由には、『かねてから瀬戸内海に浮かぶ直島において，「アートの日常化」を推進してきたが，大自然の中や古くからの家並みが残る地区など様々な場所を使って，「風景をつくる」ことをテーマとした作品を展示し，直島という空間のアートとの結び付きによる新たな魅力を内外に示した』とありますが、企業人としては初めての受賞だそうで本当に嬉しいことです。</p>]]>
<![CDATA[<p>遡れば、ベネッセ(当時は福武書店)に「文化化」なる企業指針を提案させて頂いたのは1980年のことですから、今回のご受賞は実に28年を経ての快挙、そして先代の創業者：福武哲彦社長と二代がかりで受けられた賞ということにもなります。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_1.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_1.html','popup','width=600,height=402,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_1-thumb.jpg" width="345" height="231"border="0" /></a><br />
福武哲彦創業社長<br /><br />
福武創業者が最初にご相談に訪ねて見えたのは、1979年のことです。当時は経済的成長こそ経営者の勲章であり、企業は立派な経済機関でありさえすれば善、という時代でした。ですから、振り返ってみるとこの時の経営者発想は、当時としてはというか、時代の価値観という点からだけで評価すると、いささか変わっておられました。<br />
受験産業としては、この頃既に勢いを得て伸び続けており、高い収益性も見事なものでしたから、通常であれば勝てる部分に事業特性を絞り込み全国制覇を目指す、というのが当然の方針であったろうと思えました。しかし哲彦社長は、「今のままでも十分伸びていけるが、地方の一受験産業では終わりたくない。将来、どのような会社になっていけばいいのか相談に乗ってもらいたい」と言われ、それがご上京ご来社の理由でした。<br /><br />
面白い発想を持たれる方だなと思い、請われるままにその後、岡山の本社を訪ねました。当時の本社の建物は、もともと女学校の古い木造校舎だったものを利用されていて、かつては小学校の先生をなさっておられたという教育者としての強いDNAのようなものを感じました。<br />
事実、当時の福武書店の主要な行事を見せていただくと、社長は校長先生、社員は生徒達といった、まるで学校のような独特の雰囲気がありました。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_9.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_9.html','popup','width=600,height=393,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_9-thumb.jpg" width="345" height="225" border="0"/></a><br />
福武企業文化の象徴、当時のオール福武祭のワンシーン。参加者全員で肩を組み合い社歌斉唱、は会社というより学校のイメージ。<br /><br />
特に哲彦社長に創業時からの福武書店についてのお話をいろいろ伺っていく中では、単に事業家を目指しておられるのではない何物かを強く感じましたが、それが言葉になって現れるというほど具体的プラン化している段階ではないように思いました。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_32.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_32.html','popup','width=600,height=711,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_3-thumb.jpg" width="345" height="408"border="0" /></a><br />
以前から使われていたマーク･ロゴ類をひとまず整理し、デザインリファイン、システム整備を行った<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_4.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_4.html','popup','width=600,height=397,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_4-thumb.jpg" width="345" height="228"border="0" /></a><br />
リファイン作業中の1カット<br /><br />
PAOSとしては、当面のロゴのデザインリファインや使用上の規定づくりを行うことはすぐに方針明示ができ、プロジェクトは進行していきました。しかし、福武書店が本来どのような会社としてアイデンティファイしていけばいいのかといった肝心の主要テーマの方は、暫くは雲の中といった感じで時間が過ぎていきました。<br /><br />
ある日、「社名の“福武”というのは解りますが、どうして本屋さんでもないのに“書店”が付いているのですか？」と私がお尋ねした時、創業者から意外な答が返ってきました。それは「できることならば、将来岩波書店のような文化の香り溢れる会社にしていきたいからだ」と。これにはピン！とくるものがありました。結果、企業の将来目標として「情報化・国際化・文化化」なる指針をご提案していくことになったのです。1980年のことです。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_51.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_51.html','popup','width=581,height=356,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_5-thumb.jpg" width="345" height="211"border="0" /></a><br /><br />
「情報化・国際化」は今から見ればごく普通の指針のように思えますが、当時岡山に本社を置く地方企業としては随分身の丈を越えた指針ではありました。それ以上に「文化化」という指針は、爾来30年近くを経た現在でも、企業目標としては十分斬新と言えるのではないでしょうか？<br />
しかもこの会社は、すぐさまこれらの指針の具現化に向かって取り組み始めました。「情報化」ではIBMの大型コンピューターを導入し、「国際化」ではいきなりニューヨークに現地法人を設立してしまったのです。こうした先見性ある積極的な企業行動が、今日のベネッセコーポレーションとしての繁栄に繋がっていくわけです。<br /><br />
この中で簡単には具体的な企業行動に移せなかったのが「文化化」という指標でした。<br />
しかし、言葉は言霊(ことだま)と言いますが、一つことを思い続け念じ続けていると、次第にそのことが具体的な試みとして姿を現してくるものなのです。<br /><br />
1986年に福武哲彦創業社長が急逝され、總一郎社長が二代目を継がれることになり、PAOSでは第２次CIプロジェクト開発のご依頼を受けました。これを機に「Benesse(ベネッセ)」なるコーポレート・ブランドが生まれます。Benesseとは、ラテン語のBene(良い)とEsse(生きる)を合成した造語で、この会社の企業存立と事業展開の根幹となる「人は何のために学ぶのか」を徹底探求していくところから企業発展を目指していくことを掲げた、PAOS流に言いますと「フィロソフィ(企業哲学)ブランド」なのですが、詳細はまたの機会に譲り、企業経営と文化の問題に話題を戻しましょう。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_62.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_62.html','popup','width=467,height=334,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_6-thumb.jpg" width="345" height="246"border="0" /></a><br />
新コーポレートブランドBenesseに決定される事前検討資料<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_72.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_72.html','popup','width=680,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_7-thumb.jpg" width="345" height="287"border="0" /></a><br />
“Benesse”の採用が決まる頃描かれていた、在りたい企業経営像<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_81.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080423/080423_81.html','popup','width=692,height=475,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080423/080423_8-thumb.jpg" width="345" height="236"border="0" /></a><br />
最終的にラテン語を源とした合成語が企業ブランドとして選ばれ、今日に至る<br /><br />
福武總一郎社長の時代になり、「文化化」の理念は、コンテンポラリーアートを主体とし、建築家に安藤忠雄氏を起用した施設づくりや、その後の古民家を活性化させた家プロジェクトなどの成果が今日では余りにも有名かつ世界的な、現代アートと企業経営融合の拠点「ベネッセアートサイト直島」へと昇華していくことになります。<br /><br />
「企業は文化の僕(しもべ)」とか「文化への投資が株価を上げる」なども總一郎現ベネッセ会長兼CEOの言ですが、直島での取り組みは、確かに現代の先端経営を象徴する素晴らしい証明というか、優れたケーススタディと呼べるものでしょう。<br />
この辺りへの説明や評価は語り始めると限りなく出て参りますし、今では多くの紹介もなされておりますので割愛し、ここでは福武總一郎会長の芸術選奨文部科学大臣賞ご受賞をお祝いし、文化化の成果を心から寿ぎたいと思います。<br /><br />
ところで、なぜ私がピンときて「文化化」というキーワードのご提案をすることになったのか、ほとんど知られてないその裏話を、次回のブログにアップしてみましょう。</p>]]>
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<title>｢挑戦｣で仕事をするか、｢調整｣で仕事をするか｢考｣</title>
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<modified>2008-04-22T10:58:26Z</modified>
<issued>2008-04-22T05:58:50Z</issued>
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<summary type="text/plain">私たちデザインを専門とする仕事におきましては、宿命的に、常に「新しい提案や解決策...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p>私たちデザインを専門とする仕事におきましては、宿命的に、常に「新しい提案や解決策を求められている」と言っていいと思います。<br /><br />
その場合、担当者によってプロジェクトに対する姿勢に差異があり、「挑戦的であるか、調整を旨として臨むか」で、提案内容というか結果に大きな違いが生まれてきます。これはプランナーの性格や使命感といった、基本的資質によるように思えます。<br />
おおむね調整型の解決策は誰にでも分かり易い内容と言えますから、一見、見事に問題解決を果たしたように思えますし、事実、プロジェクトを先に進めるという点では十分満足できる内容となります。しかし私の経験では、これは経費発想型解決とは言えますが、どうも長期的な視点を持った投資発想型解決策にはならないように思えます。</p>]]>
<![CDATA[<p>ただ投資発想型の解決策は、内容が常識破りといいますか内部常識の創造的破壊を伴うケースが多く、大半の関係者の理解や合意を得がたいのが通常ですから、相当の理論構築と説得力を持ってあたらない限り、発注側の合意を得ることは難しいとは言えます。たとえ理性で合意形成が成ったとしても、多くの人に「理屈は解るが感情がついていかない」状況がしばしば起こり、実施段階でトラブルを起こすケースが多々あるからです。<br /><br />
特に企画を主とする投資型提案の成否は、クライアント側意思決定者の先見力や資質に拠るところ大ですが、これがデザイン表現を伴う提案である場合、先方に造形の好き嫌いにのみこだわる人たちが多いと、単純な色･形にだけ判断基準が置かれてしまい、なかなか提案内容の戦略的真意が伝わらないことが多いようです。これはあくまで私のこれまでの経験によるところからではありますが。<br /><br />
ただハッキリ言えますことは、そうした基本発想の違いによる成果の差異は、10年20年経ってみると明らかに結果が証明してくれているということが、具体的事例でもって示せます。<br />
ともあれ私自身は、与えられた課題に対し「投資発想型で臨みたい」とは常に考え続けているのですが。</p>]]>
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<title>デザイン振興策、私論試論、またの名をデザイニスト養成</title>
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<modified>2008-04-20T11:21:39Z</modified>
<issued>2008-04-18T07:36:51Z</issued>
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<summary type="text/plain">私なりのデザイン振興策というか、これは私流のデザイン業界プロモーションのつもりで...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p>私なりのデザイン振興策というか、これは私流のデザイン業界プロモーションのつもりであるのですが、従来、大学等で講義をして欲しいと頼まれると、可能な限りデザイン学校や専門大学よりは、一般の大学の方に重点を置いてやってきました。<br /><br />
通年とか半期通しての講義をお引き受けしたケースでは、上智大学経営学科で５年、立命館大学経営学部＆大学院で３年、早稲田大学ビジネススクールとオープン教育センター(全学部全学年生が受講可)で３年、変わったところでは六本木ヒルズにあるアーク都市塾ブランド戦略マネジメントコース(これも一種のビジネススクール)で４年といった具合です。もちろん、桑沢デザイン研究所・武蔵野美大・東京芸大等々のデザイン教育機関でも教鞭は執ってきましたが、これらの学校では年に１〜数回と、スポット的な形でしか行ってきませんでした。これは、デザインの振興を図るにはデザインの専門家を増やす以上にデザイナー以外の人たちにこそデザインの価値認識を深めてもらい、この分野の重要性を知る人たちを増やしていくことが大切と考えてきたからです。</p>]]>
<![CDATA[<p>PAOSという会社を設立した時の、組織としての使命も「企業経営者に理解されるデザイン理論とデザイン手法の開発」と新分野の確立であり、その意味で自らを「実験会社PAOS」とも称してきました。<br />
当然、業務内容そのものも全く新しい分野へのチャレンジでしたから、常に実験と実践の繰り返しで、デザインを核としながら研究し生み出した理論や手法を実ビジネスの場に採り入れ、実務から生じた疑問や課題を次なる研究テーマに据えていく、といったことの繰り返しというかキャッチボールが、PAOSのワークスタイルになってきたのでした。<br /><br />
こうした独自の一連の作業分野を「核・拡デザイン」と称しています。<br />
同時に、この行為はいわゆるデザインの専門家以外の人たちも巻き込んでいくことになりますから、賛同者・理解者全体を総称して「デザイニスト(デザイン主義者)」と呼んできました。もう50年近くも昔から使ってきた造語です。<br />
因みに私が顧問を務めさせていただいている<a href="http://www.eda-jp.org/" target="_blank">エヒメデザイン協会</a>は「デザイニストえひめ」と謳っています。デザインを専門職とする人以外も大いに巻き込んでいこうとの、団体としての主意です。<br />
すなわちデザイニズムとは、デザインを支える共通公分母としての価値軸、「審美性」「快適性」「安全性」「倫理性」「個性」などを、あらゆる人工物や社会に採り入れていこうとの主義主張ですが、企業経営にそれを活かしていく構想が「知的美的経営」であり、PAOSは常にそれを目指してきた集団でもあったわけです。<br /><br />
私は「デザイン事業協同組合」というデザイン団体の副理事長を務めております。このデザイン組織は略称をJDBと言いますが、他のデザイン団体と最も違うところは、グラフィックデザインやインダストリアルデザインといった専門性を持った一分野のプロ組織ではないことです。あらゆるデザインジャンルのメンバーが参加し、一つの組織(組合)を構成しているところに特色があり、同時に他の公益法人組織と異なり、営利業務を行ってもよいという大きなメリットを持っています。しかし、実際にはこれまでの10年程は、これらの長所が活かせてきたとは言い難いところがありました。<br /><br />
そこで、このたび企画を立てましたのが、先のブログでもご案内いたしました「JDBデザイン･インタラクション･パーティ」でした。<br />
この場合のJDBは「Japan Design Bund」、すなわち「日本デザイン連盟」と大きく名乗ってみたのです。講演１時間・交流１時間の企画で呼びかけ、デザイン関係者はなるべく専門以外の知友を伴って来て欲しいとお願いしましたところ、そんなに大きな前宣伝をする時間もなかったのですが、定員100名想定に対し、何と約150人もの申込みがありました。<br />
この内容詳細に関しましては、<a href="http://www.jdb.or.jp/" target="_blank">デザイン事業協同組合のHP</a>に掲出されることと思いますのでここでは省きますが、本プロジェクトの企図は、デザインの今日的テーマを中心としながらも、いわゆる作家作品型の説明ではない、デザイニズム的に重要な話題を共有化し知識と交流を深めて行こうとするもので、デザイン系のあらゆる分野を超えた交流およびデザイン専門職とそれ以外の幅広い専門分野の人々の交流も目指していこうとの目論見でした。<br /><br />
記念すべき第１回は、講演者に市川俊英氏 (三井不動産株式会社常務執行役員、東京ミッドタウンマネジメント株式会社社長)をお招きし、今や人気爆発の東京新名所と呼べるミッドタウンの開発当初から６年半をかけた今日までのご苦労と紆余曲折のプロセスを語っていただき、最後に私との短い対談におつきあいいただきました。<br />
そればかりか当初の予想を上回った出席希望者に配慮していただき、150人余は収容できる立派な講演会場の無償提供までも申し出ていただいたのでした。<br />
また、東京ミッドタウンのスタッフのみなさまには、準備段階より終了に至るまで万端お心配りの行き届いたサポートをいただき、心から感謝申し上げる次第です。<br />
<br /><br />
<DIV align="center"><a href="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_8.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080417/080417_8.html','popup','width=425,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_8-thumb.jpg" width="182" height="257"border="0"  /></a></DIV>会場ポスター<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_3.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080417/080417_3.html','popup','width=600,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_3-thumb.jpg" width="345" height="229"border="0"  /></a><br />
東京ミッドタウンの開発とDesignにつき熱く語る市川俊英社長<br /><br />
<DIV align="center"><a href="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_51.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080417/080417_51.html','popup','width=266,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_5-thumb.jpg" width="170" height="257" border="0"  /></a></DIV>講演後、中西が聞き手となり市川社長と対談<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_4.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080417/080417_4.html','popup','width=600,height=402,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_4-thumb.jpg" width="345" height="231"border="0"  /></a><br />
市川社長のご好意で会場の供与を受け、希望者全員に参加いただけました。<br /><br />
<a href="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_6.html" onclick="window.open('http://designist.net/blog/archives/080417/080417_6.html','popup','width=600,height=374,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://designist.net/blog/archives/080417/080417_6-thumb.jpg" width="345" height="215"border="0"  /></a><br />
パーティにて、経済産業省 製造産業局デザイン・人間生活システム政策室：野澤篤也氏の音頭で乾杯<br /><br />
JDBに「Japan Design Bund」の言葉をあてた元ネタというかヒントになったものに、デザイン史上名高い運動「Deutscher  Werkbund(ドイツ工作連盟)」がありました。この運動は、簡単に言ってしまうと、工業と美術の良き融合を目指す建築家を中心としたものでしたが、それがやがて技術と芸術の融合から新しい造形価値やデザイナーを生んでいく教育機関「Bauhaus」の誕生に繋がっていくわけです。<br /><br />
今日のデザインを核とする融合とは、建築家やデザイナーだけではなく、むしろデザインと他のあらゆる分野・領域の融和から、新しい時代の価値を創っていかなければならない、というのがデザイニズムの主張です。その意味で、JDBがひとつの芽になってくれればとの思いが個人的にはあったのです。<br />
これはある種の創造的破壊でもある行為ですから、最初からそれほど多くの賛同を得られるとは考えてはおらず、興味を示してくれる方が少しでも多くいてくれればという気持ちでの出発でした。しかし、イベントとしてはなかなかの好スタートであったわけです。<br />
これはもちろんデザインの公的価値を求めての行動ですが、永く貫いてきた私自身のデザイン哲学とデザイン運動の文脈の一貫でもあるということを、ご理解いただければ幸いです。<br />
</p>]]>
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<title>インターンシップ修了生</title>
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<modified>2008-03-27T07:19:53Z</modified>
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<summary type="text/plain">いつの頃からかインターンシップなる習慣が、わがスモールオフィスでもあたり前になっ...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p>いつの頃からかインターンシップなる習慣が、わがスモールオフィスでもあたり前になってきました。PAOSでのインターンシップは、短期のものではなく、数ヶ月から１年といった比較的長期間働いて貰うことを前提にしています。ワークスタイルも、最低週２日、もしくは春休みや夏休みなどを使い１ヶ月以上毎日通ってもらったりする形を基本にします。交通費も支給し、時給も普通のアルバイト並みにはお支払いしますので、インターンシップというより有給の職業＆マナー訓練といった方が相応しいかもしれません。</p>]]>
<![CDATA[<p>最近の若い人は、礼を尽くさなければならない目上長上と呼ばれる人々と場を同じくして過ごした経験が無いのと、あたり前の家事見習い的なこともほとんどやったことのない人が多く、概ねいわゆる常識的な立ち居振る舞いや接客対応ができません。ですからインターン生への指導は、たとえば掃除の仕方、美味しいお茶の入れ方、お客様へのサービスの仕方、花の水切り等といった作法の初歩から始めるのです。それらのことについて、まず「何故それをやることが大切なのか」の理由を教え込んでいくことからスタートしますので、指導する側にとっても結構手間ひまかかるのが通例です。<br />
こうしてこれまでも何人かのインターンシップ生が卒業していきましたが、長く働いてもらっていると、初めは足手まといにしかならなかった学生が、次第にそこそこの働き手に成長してくれ、嬉しく思います。<br /><br />
今年も春の卒業シーズンを迎え、２人のインターンシップ修了生がPAOSと別れを告げました。２人とも大学を卒業して、１人は就職、もう１人は専門学校に入学です。<br />
２人のために事務所のスタッフ一同で、就職＆入学祝いのお別れパーティを催しましたら、以下のようなお礼のメールが届きました。気持ちのこもった文章であり嬉しかったので、本人の了解を取り、固有名詞ははずして披露させていただきます。こうした行動が即座に出来るようになるのも、わがオフィスにおけるインターンシップの一つの成果かとも思えますので。<br /><br />
<FONT color = "003366">中西元男先生<br /><br />
今日は就職祝いをしていただき本当にありがとうございました。 <br />
約一年半PAOSで働かせていただき、ありがとうございました。 <br />
PAOSで働かせていただいて本当に幸せでした。<br />
講義で学んでいた時には、先生の授業内容を理解するのに必死で、  <br />
インターンをさせていただけるとは思ってもいませんでした。<br /><br />
毎週の定例会議で中西先生のお話を伺いながら、 <br />
言葉の重みと深さを常に感じ少しでも仕事にいかそうとしていました。  <br />
インターンは毎日が勉強でした。 <br />
このような貴重な体験をさせていただけたことに本当に感謝しております。 <br />
「授業料を払わずむしろお給料ももらえるなんて、何てうらやましい！」  <br />
と言われていました。<br /><br />
４月からは金融という全く違う分野の仕事に携わることになりますが、<br />
PAOSで働いていたことを誇りに、<br />
PAOSで教わったことをいかして成長していきたいと思います。  <br />
本当にお世話になりました。<br />
またお会いできることを楽しみにしております。</FONT> <br /><br />
本人に私のブログへの転載許諾を求めましたら、次のような返事を貰いました。せっかくですから、併せてご紹介いたします。<br /><br />
<FONT color = "003366">中西先生のお言葉大変嬉しいです。 <br />
４月からの生活に不安を少し感じているのですが、<br />
困難に直面した時は先生のお言葉を胸に乗り越えていきたいと思います。<br /><br />
ブログにぜひ使っていただきたいと思います。<br />
私のインターンについてブログに書いていただけるなんて<br />
こんなに嬉しいことはありません。<br />
ブログを楽しみにしております。<br /><br />
次に入ってくるインターン生も私や都市塾の奨学生と同じように中西先生に憧れ、 <br />
PAOSへの熱い思いをもっている方々だと思います。 <br />
機会がございましたら新しいインターン生にお会いできることを楽しみにしております。</FONT><br /><br />
もう一人のインターン修了生からは、最終日に下記のようなメールをもらいました。<br /><br />
<FONT color = "003366">PAOSの皆様<br /><br />
本日、PAOSを卒業します…。<br />
六ヶ月という期間は、私にとって<br />
非常に密度の濃い時間でした。<br />
PAOSで経験した一つ一つの事が、<br />
小さな事から大きな事まで、宝物となっています。<br /><br />
4月からは専門学校生となり、新たな生活がスタートします。<br />
大学を一度出てからの再出発ですので、<br />
若い人達に負けないよう、精一杯有効な時間を<br />
過ごしたいと思っています。<br />
是非展覧会に作品を観にいらしてくださいね。<br /><br />
本当に本当にありがとうございました！</FONT><br /><br />
（固有名詞等省略リライト：文責中西）<br />
</p>]]>
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<title>新企画のご案内「JDB(4月2日)に参加しませんか？」</title>
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<modified>2008-05-09T05:49:22Z</modified>
<issued>2008-03-26T04:43:24Z</issued>
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<summary type="text/plain">ＪＤＢとは、“Japan Design Bund（日本デザイン連盟）”の略称(ブ...</summary>
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<![CDATA[<p>ＪＤＢとは、“Japan Design Bund（日本デザイン連盟）”の略称(ブランド)です。<br />
デザイン振興につとめ、わが国をデザインインフラの充実した文化大国にしていこうとの構想を持つ、新たな運動体の旗揚げです。<br />
デザインのあらゆる専門分野を超え、デザインに関心の高い方、生活や社会に美的価値を望まれる方ならどなたでもご参加いただけます。</p>]]>
<![CDATA[<p>このたび企画致しました東京ミッドタウン「JDBデザイン・インタラクション・パーティ」は、参加者100名程を予定しており、前半１時間はテーマに沿った講演・対談を聴き、後半１時間は、ワインを片手にいろいろな方たちと名刺交換し、交流し、大いに盛り上がろうとの企画です。<br />
要は、デザインの諸々(単なる作品説明などではなく)の今日的テーマを肴に、話題の「東京ミッドタウン」に集まり、知的美的話題を聴き・飲み･語り合い、多くの人たちとの交流を月１回仕事の後に楽しもうではないかとの趣意を持つ新企画です。<br /><br />
その第１回目の催しを下記の通り行いますので、是非お誘い合わせの上、皆々さまご参加ください。<br />
なお第１回に続く第２回目以降も、多くの刺激触発型テーマを用意致しております。どうぞ添付のご案内をご参照ください。<br /><br />
<strong>テーマ</strong>：<br />
｢東京ミッドタウンにとって､デザインはどんな意味を持ち､これから何を目指すのか」<br />
プロジェクト起案から6年半−責任者：市川俊英氏に中西元男が聞く<br />
<strong>講　師</strong>：<br />
市川俊英氏 <br />
三井不動産(株)執行役員、東京ミッドタウンマネジメント(株)社長<br />
<strong>日　時</strong>：2008年4月2日(水）18:30&#12316;20:30<br />
<strong>場　所</strong>：<a href="http://www.designhub.jp/access.html" target="_blank">東京ミッドタウン オフィス棟5F DESIGN HUB</a><br />
<strong>会　費</strong>：<br />
予約参加 3,000円、当日参加 4,000円<br />
※学生 いずれも1,000円引<br /><br />
<strong>申込先</strong>：<br />
日本デザイン事業協同組合事務局　<br />
お名前･ご連絡先･ご職業（勤務先/学校）･紹介者（なし/あり：氏名）をご記入の上､下記宛お早めにお申し込みください。<br />
e-mail：office@jdb.or.jp<br />
TEL：03-5259-8311  FAX：03-5259-8312<br /></p>

<p><Div Align="right">ご案内は<a href="http://www.designist.net/blog/tmpl_imgs/JDBparty.pdf">こちら</a>から</Div> </p>]]>
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<title>昨年の事故入院時の記録から(最終回)</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://designist.net/blog/archives/2008/03/post_28.html" />
<modified>2008-03-25T10:01:50Z</modified>
<issued>2008-03-25T14:21:54Z</issued>
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<summary type="text/plain">死生観とこれから 昨年の事故は、いろいろな意味で私自身の存在そのものを心身共に揺...</summary>
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<dc:subject>Entry</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>死生観とこれから</strong><br /><br />
昨年の事故は、いろいろな意味で私自身の存在そのものを心身共に揺るがし変える程の大事件でしたが、その中で最も大きな変化は？と問われれば､｢それは死生観について｣と言わなければならないでしょう。ともあれ、あらためて自らと死というものについて考えさせられたことは確かです。</p>]]>
<![CDATA[<p>人の「死」という厳然たる事実に対し、最近は病院で最期を迎える人が多いのと、遺体と対面する時には綺麗になって棺桶の中に横たわった状態がほとんどであることに加え、火葬そのものも昔に比べると実に短時間に行われるため、どうも生から死、そして仏様になるまでの過程に人間臭さが感じられなくなったと思います。<br />
私は、父母が長男長女であってその第一子であり、本家の長男という立場であるせいもあって、多くの縁者の死線上の生から死に至るプロセスを、子どもながらに近くで眺める経験を沢山重ねてきました。そのせいか、人の死というものを比較的客観的に受け止められるようになったと思えます。<br />
霊柩車なるものに乗ってみたくて、頼み込んで棺桶の横の狭い空間に屈み込み火葬場まで行ったこともあります。そして、昔は遺骸を火葬するのに一晩を要しましたので、翌朝、お骨拾いに出かけました。当時は火葬の時間もかかりましたが、温度もそんなに高いものではなかったせいか、その人の病気で悪くなっていた部分だけが色も黒っぽく変化していて、周りの人から死因となった病気の部位や病巣の広がり等について説明を受けたことなど、今でもつい昨日のことのように思い出します。<br />
そういう体験を何度かにわたりしておりますと、生死の流れを時系列的にそして観察者的に受け取れるようになっていて、突然にとか、不連続にとか、悲嘆の中で、といった状況で人の死を考えることがなくなるようです。<br /><br />
私自身の死生観はさておき、このたびの事故遭遇までは、私の家族や事務所のスタッフたちをはじめ周りの誰もが、そもそも私が死ぬなどとは考えたことは無かったのではないかと思います。ところが今回の事故を知ったその瞬間、もし私が死んでいたら･･･と考えたでしょう。人の死に目に会うという経験したこともない息子や娘にとっては、衝撃的な出来事だったようでした。その後１年余も経ちましたから、このことを周りの人たちが今はどう考えているか分かりませんが。<br /><br />
もちろん私自身も事故を境に、初めて自分も死ぬということについて意識し始めたのでした。直後は､｢ひょっとしてこのまま死に至ることもあり得るのかな？」と思い、生き残れる望みが出てからは､｢このあと果たしてどのくらい通常に近い状況で活動できそうか？」ということを考えました。<br />
入院生活の終わり頃には､「特別な問題が起こらなければ、あと10年位は痴呆になることもなく何とか(仕事が)やれそうか」と思い、自身のやるべきことにどのようなテーマがあるだろうかと考え始めました。<br />
その中で、最も強く思ったのが「本を書こう」ということでした。これまでの編著作は各国語版に訳されたものまで数えてみると既に50数冊にはなるのですが、自らの仕事記録としてはいずれも表層的な記録の域を出ないものが多いとしか思えませんので、何とかもう少し深い突っ込みの記録というか、私にしか記述できない神髄に触れる自著を残しておきたいと考えたのです。そこでテーマを挙げていきましたら、あっという間に10巻構成の本の企画になってしまいました。<br /><br />
このような顛末で、私の死生観の「生観」の方は結局仕事中心になってしまうのかなぁと思った次第ですが、使命感にかられ大学のサークル活動の延長でPAOSという会社を創り、それが運良く潰れることもなく今日に至った訳で、お陰様で、他人さまとは違った稀有な人生を歩ませていただくことになりました。この間蓄積してきました資料情報につきましては、私共しか持っていない未発表記録が山のように神戸の倉庫に眠っています。特に沢山の経営者の方々と交わさせていただいた話の中身や各社の調査資料類は、産業史的価値としても実に興味深いと思えるのですが、既に故人となられた方も多く、内容的に個人情報保護の必要性も存在しますので、保存や発表に関しては難しい側面を持っております。私のこれからの10年間は、あるいはそうした使命との闘いかもしれません。<br /><br />
それともう一つ、これまでに数々の貴重なキャリアを重ねさせていただいた人間の務めとして、頂いた諸賢の知恵と積層された諸企業のノウハウの諸々を、次なる時代を築いていただく若い方たちの知的美的資源として刻み込んでいくことも重要事と考えております。そこで思い至ったのが、おこがましいことですが、刺激触発や教育行動としての講演や講義への積極的参画です。今在る自分自身を振り返りましても、実に多くの先生や諸先輩に同様の恩恵を蒙ってきた事例は数え切れない程です。<br />
｢今考えていることはもう古い｣は、私自身の人生指針です。常に人の真似やアイデアの盗用を戒め、自分を追い込むことでオリジナリティやクリエイティビティを発想し誕生させてきたつもりですし、形而上・形而下の成果を含め、それがPAOSという組織や私自身の最大の仕事実績と言えるかも知れません。<br />
金になるのであれば少々破廉恥なことすらも厭わないという風潮の中、自身の創作人生そのもののデザインを、少しでも多くの若者たちにも果たして貰えればと願っているこの頃です。<br />
いささか年寄り臭いと言われそうですが･･･｡<br /><br />
（連載「昨年の事故入院時の記録から」 完）<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>昨年の事故入院時の記録から（その6）</title>
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<modified>2008-03-14T01:19:43Z</modified>
<issued>2008-03-13T03:58:18Z</issued>
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<summary type="text/plain">回復力とリハビリ 事故後１年を経過してみますと、多くの方々から「よくぞ回復した」...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://designist.net/blog/">
<![CDATA[<p><strong>回復力とリハビリ</strong><br /><br />
事故後１年を経過してみますと、多くの方々から「よくぞ回復した」とか「回復が非常に早い」などと言われます。担当医の先生からも「大変順調な回復です」と喜んでいただいており、それはそれで素晴らしいことであるとは思いますが、自分では全てが初めての体験でありチャレンジでもありますから、比較するモノサシを持たず、何が早くて順調なのかはよく分かりません。</p>]]>
<![CDATA[<p>ともかく、リハビリは2007年1月31日から始まりました。事故が同月13日、手術が23日でしたから、「まだ車椅子への乗り移りすら苦痛で不便をかこっているし、身体中に管をぶら下げたままでもあるのに、もう始めちゃうの？」と思いました。しかし整形外科の先生のお話では、当初は大変でも少しでも早く始めた方が回復が早いとのこと。「あとは本人の気力に掛かっているのです」と言われました。<br />
入院中は、地下１階にあるリハビリテーション科に看護師さんに車椅子を押して貰って出かけ、理学療法士の方に指導されながら、痛みをこらえつつ柔軟体操のような動作をいろいろやっていきました。時間は１回30分弱ですが、あちこち筋肉が痛くて、わずか半月の入院生活でこんなにきつくなるものかと思い知らされました。<br />
筋肉はたとえ一週間使わなくても衰えるのだと言われましたが、確かにある日わが両足を比べ驚きました。傷を負った左足と健全な右足の太さが、まるで同一人物のものとは思えない程に異なっていたからです。<br /><br />
私の場合、リハビリ最大のポイントは左足でした。ここには今も20cmを越える縫合跡が残り、中に10数cmのチタンの金属板が入っているのですが、この左膝は最初のうちは40度までしか曲がりませんでした。これを毎日１時間かけて曲がるようにベッド上で特殊な機具を使いながら訓練していくわけですが、痛いのをガマンしながら曲げていくと徐々に角度が深くなっていき、退院間際には150度まで曲がるようになっていました。健常者は160度までは曲がるそうですが、限りなくそれに近いところまで到達できたことになります。それでも「正座は一生あきらめて下さいね」と言われました。<br /><br />
脚のリハビリの場合、まずは90度まで曲がればイスには腰掛けることが可能となりますので、私くらいの年齢の人はそのあたりで諦めてしまうことも多いのだそうです。そんな話は後から聞いたことで、頑張れば元に戻れると私自身は信じていましたので、毎日々々リハビリを真面目にやっていたら、「稀に見る回復ぶり」と言われる結果になったという次第です。<br />
でも、筋力強化と合わせてこれをやっていったお陰で、「車椅子→松葉杖２本→松葉杖１本→杖→補助なし歩行」のプロセスも、比較的早いスピードで進化できたのだと思います。因みに当初ベッドで使用したリハビリ機具はカナダ製でした。<br /><br />
リハビリで面白かったのは口を開ける訓練です。<br />
入院時には歯が５本完全に折れていたのですが、特に上前歯４本は骨まで損傷を受けており、入院早々に上下のあごを細い針金状のもので固定されてしまいました。そうしないと残った歯の位置が勝手に動き始めてしまうのだそうです。この処置のため1ヶ月ほどは液体状のものしか口に出来ませんでしたので、すっかり胃の方が小さくなってしまい、1年以上経過した現在も体重の方は事故前に比べ８kg位少ないままで推移しており、これは思わぬ余得でした。ですから妻には、「何か特別なことをするより、上下の歯を１ヶ月縫い合わせておいた方が痩身効果は期待できるよ」と冗談を言っております。<br /><br />
口が全く開けられない状態がしばし続きましたので、上下の歯の固定をはずしてからは、口を大きく開ける練習が始まりました。これがなかなか大変で、口を大きく開けるリハビリがこんなにも苦労の多いものとは想像だにしていませんでした。<br />
検診に行くたびに、先生が三角定規のような測定具を歯と歯の間に入れて、上下幅が何センチ何ミリまで開くようになったかを測るのです。あごの筋肉が緊縮してほとんど上下間隔ゼロの状態から、目標としては上下の歯幅４.５cmまで口が開くようになるまで訓練していこうというのです。今ではこの目標もクリア出来ましたが、「前回より１ミリ多く開くようになりましたね」などと言われながらのリハビリは、数値的に細かい進化ですから、正直シンドイものがありました。<br />
でも「４.５cmというのは、にぎり寿司が自由に食べられる口の開きです」と言われ、すっかり開口目標が定まりました。以来、私のイメージ目標は、美味しい江戸前寿司屋のカウンターに座って存分ににぎりを味わう自分の姿となり、じわじわと順調に、わが食いしん坊口は開くようになっていったのです。<br /><br />
リハビリに限らず、人間はなるべく目標を具体的に設定し、イメージトレーニングに励むことが肝要ですね。<br />
松葉杖から一本杖に移行する際にも、いわゆる伸び縮み自由の、多くの老人たちが使っている一般的な杖は使いたくないとの思いを強く持っていましたところ、松屋銀座のユニバーサルデザイン用品売り場で、会津の漆塗りの実に美しい杖に出会いました。すぐさまそれを購入、眺めながらかっこよく漆塗りの杖をつき歩く己が姿に思いを馳せて、リハビリに励みました。<br /><br />
｢おまえって単純な男だな」と、今でも思い起こすところですが、仕事でも個人の成長でも、目標は極力単純明快で夢ある形に策定しておくことが重要であることを改めて確認した次第です。</p>]]>
</content>
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<title>昨年の事故入院時の記録から（その5）</title>
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<modified>2008-03-12T11:08:54Z</modified>
<issued>2008-03-12T07:36:15Z</issued>
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<summary type="text/plain">看護師って大変だなあ 病人の面倒を見てくれる人のことを、今は看護婦の呼称は使わず...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<dc:subject>Entry</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>看護師って大変だなあ</strong><br /><br />
病人の面倒を見てくれる人のことを、今は看護婦の呼称は使わずに男女を問わず「看護師」と呼んでいるようです。ずっと大病院などとは無縁であった私は、今回の事故入院日2007年1月13日まで、そんな常識的な呼称すら知らなかったのです。<br />
思わぬことから病院のお世話になってしまい、この間随分多くの看護師と呼ばれる人たちに面倒を見てもらいました。管理職の方は別にして、この世界にはさすがに余りお年寄りはおられないようです。それだけ体力も必要な大変な仕事だからと言えましょう。それでも男性看護師は今のところ本当に稀で、大部分は女性です。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>たまたま私の入院と同じ日に着任し、私の担当が仕事始めだという若い看護師さんがいました。彼女と話していましたら、以前務めていた私立病院は二交代制で大変だったけど、公立(都立)の広尾病院は一日三交代制で楽なので、それも転職理由だと語っていました。確かに昼夜を問わない重労働で、しかも、命がかかっている人たちの面倒を看ているわけですから、精神的な負担も並大抵ではないと推察します。<br />
私も、身体拭き、着替えから日常的な検温や血圧測定・検診等、看護師の皆さんには四六時中いろいろ面倒を見てもらいました。お世話になりながら、実に大変な職業だなあとも実感しました。<br /><br />
ところで、そんな時に冷徹に批評などしてはいけないのですが、こうした作業の中にも性格とか長所短所は出るもので、仕事の早い人・遅い人、テキパキと見事にこなす人から大雑把な人までいろいろいます。当方は何しろ時間を持てあます暇な身ですし、自由には動けない腹立たしさの渦中にも置かれていますから、失礼ながらついつい彼女たちを比較しながら観察してしまいました。<br /><br />
車椅子に乗り別の病室に診察を受けに出かける時も、実に要領よくエレベーターを乗り継ぎ乍ら連れて行ってくれる人がいるかと思うと、同じ所へ行くのに大廻りや逆廻りをして信じられないほど遠くに行ってしまったり、間違って関係の無い科を目指してしまい途中から方向換えをしたり等々、一つの作業だけを比較してもいろいろな人がいました。<br /><br />
身動きできない中で痛みに苦しめられたりして神経苛立ちの状態にあると、チョットした立ち居振る舞いの端々まで気になることも多いのです。たとえば、雑な人の場合は、出入りのたびに入口のカーテンをきちんと閉めないで隙間をあけたまま出て行くものですから、その都度「きちんと閉めてください」と言うのですが、何度頼んでも同じ人の同じ間違いは直りませんでした。<br /><br />
そんな中では、ERで出会ったまだ若い男性の看護師の方は実に見事でした。彼は仕事がよく出来るのに加えて、相手の立場や気持ちになって、常に先を読みながら仕事をしてくれる人であることに気づきました。そうなのですね、ここでも、私が仕事をする上で常々考えてきた「受け手発想」と適切な「現場感覚」の大切さは活きているのです。そのことに妙に感心もし、職は異なれど仕事のポイントは同じと、死に損ないの時期とは思えないような驚きを覚えたことを忘れません。<br /><br />
加えてERには若く美しい女性看護師さんが多いのも特色のように思いました。偶然ですかね。生き残りたいとの思いからそう見えたのでしょうか？<br />
 ともあれ、この職業を見ていて、大変な仕事に自ら志願をして従事している若い人々の中に、素晴らしく仕事のできる人が多くいるのだということを知って嬉しく思いました。<br /><br />
職業を天職とするには、その職業分野の、どちらかといえば大変とかイヤだとか思われる部分から得意になっていかなければダメなのですね。口先だけで言ってみたり、良い部分のみを見ているだけでは、なかなか極められるものではありません。<br />
看護師の皆さんを拝見していてつくづく思いましたが、どの分野の仕事でも、よく出来る人と出来ない人が必ずいるものなのですね。<br />
適職とか仕事上の天分とは一体何なのでしょうか。</p>]]>
</content>
</entry>
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<title>昨年の事故入院時の記録から（その4）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://designist.net/blog/archives/2008/02/4.html" />
<modified>2008-02-28T14:07:25Z</modified>
<issued>2008-02-28T07:24:32Z</issued>
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<created>2008-02-28T07:24:32Z</created>
<summary type="text/plain">痛み体験２ 入院直後の処置に関わる痛みもかなりのものでした。長時間にわたる手術の...</summary>
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<name>Nakanishi</name>


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<dc:subject>Entry</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://designist.net/blog/">
<![CDATA[<p><strong>痛み体験２</strong><br /><br />
入院直後の処置に関わる痛みもかなりのものでした。長時間にわたる手術の後には、麻酔が切れてきた段階で、次第により長引く、より激烈な痛みがやってきました。これは痛みの王様ではないかと思うような、その後も最も長く続いた激痛でした。<br />
ただラッキーなことに、かねてからお願いしておいた数少ない個室がちょうど手術の日に空いて、術後から入れることになりました。周りの患者さんたちにぶざまな状態を見せないで済んだのはせめてもの幸いでした。また、それ以上に、消灯時間を過ぎてもこっそり電気を付け、読み物・書き物など自由にできるのも恵みでした。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>歯の痛みに続く新参者の痛みは膝下骨折に関わるもので、これはまさに超ド級でした。<br />
誰にでもある左右の腰骨の飛び出している部分に、腸を保護する機能を持つ腸骨という名の骨があるのですが、この骨は多少削り取っても問題がないため、どこかの骨に欠損が生じた場合はその部位の骨がよく移植されるのだそうです。私の場合も、左膝下の砕けた骨の部分の補いとして、この腸骨が使われました。その腸骨の傷口から発する痛みが、徐々に徐々にしか治まっていってくれず永らく苦しみ抜きました。<br /><br />
手術の４日後のことでした。地下フロアでレントゲンを撮るために移動することになり、若い看護師さんたちに手伝ってもらいベッドから車椅子への移動を敢行したのですが、これが猛烈な痛みを呼びました。身体を斜めにひねった際、余りの痛さにそのまま全く動けなくなってしまったのです。これではダメだと移動を断念したものの、痛みが収まらないのでベッドに戻ることもできず、廻りはただオロオロと注視する中、私は唸りながら脂汗を垂らし激痛に耐えていました。おそろしく長く感じましたが本当は５分位だったでしょうか、車椅子にひっかかったような変な格好でもたれかかったままいたのでした。でも姿勢としては傷口に無理な負担がかかっていることは確かなので、いつまでそうした中途半端な格好でいるわけにはいかず、何とか堪えながらベッドに戻りました。この時の激痛闘争は、もう二度と生きている間には体験したくないと思った程、凄いものでした。<br /><br />
入院中には、何度となく頭痛なども起こったりはしたのですが、歯や腸骨のそれに比べると普段は忘れ過ごしてしまっていると言ってもいい軽度の痛みに過ぎませんでした。<br /><br />
トピックスとして、飛び上がらんばかりに痛かった意外な思い出は、入院後、初めてシャワーを浴びた時のものです。<br />
傷も治まりようやくシャワーの許可をもらえた私は、看護師さんに車椅子を押してもらいバスルームへ。そして、久し振りに手に石鹸をつけて顔を洗うところから始めようとした瞬間、目にそのまま石鹸が入ってしまい激痛が走りました。<br />
そうなのです。顔面がまだしびれたままで、右まぶたを閉じる時は自分の手で閉めてやらないといけなかったことを、その瞬間つい忘れていたのです。人のまぶたを閉じる神経と開けるそれは別系であることを、今回の怪我で初めて知りました。以来、入院中のシャワーでは、顔は必ず最後に注意深く洗うことに留意したのでした。<br /><br />
痛みの中で最も長く長く続いたのは、バイクにぶつけられた左側の肩から腕にかけてのそれでした。左肩は腕を全くうしろに回せない状態が続きましたし、どうしてそうなるのかさっぱり分からないままに、痛みはともかく次々と腕のいろいろな部位に出てくるのです。これは入院当初から続いていましたので担当医の先生方にも申し上げてきたのですが、レントゲンを撮っても異常無しで、結局、湿布薬や痛み止めの飲み薬を貰うだけでした。<br />
広尾病院退院後にリハビリに通った都立青山病院でも診断結果は全く同じで、苦しいリハビリを２ヶ月半続けましたがまるで治る気配はなく、突発症のように出てくる痛みに苦しめられました。<br /><br />
ところがです。その後、ある先生の診察を受けてみたらと紹介を受け、半ばあきらめ気味にサードオピニオンを求めて紹介先の先生を訪ねました。診察を受け、同院の理学療法士の先生の指導も受けました。そして、言われた通りの簡単なリハビリ体操を１ヶ月ちょっと続けてみたところ、思いもかけず、あれ程長く続いていた痛みがあっという間にほとんど治まってしまったばかりか、痛みで動かせずにいた左の腕も右と同様に楽にうしろに回せるまでに回復したのです。驚きましたね。あんなに長かった苦痛が、特別な苦労を伴うこともなく消え去り、健康体へと回帰したのですから。その時に人間にとっての重要な動き「結束結帯 (けっそくけったい＝髪が結える、帯が結べる)」という言葉を習いました。<br />
病気を治すには諦めは禁物であることを、改めて教えられたのでした。</p>]]>
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<title>昨年の事故入院時の記録から（その3）</title>
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<modified>2008-02-28T14:16:55Z</modified>
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<name>Nakanishi</name>


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<![CDATA[<p><strong>痛み体験１</strong><br /><br />
今回は、都立広尾病院に入院した直後に意識が戻った時から退院までの２ヶ月間にわたる、実に様々な痛みへの挑戦体験記録です。<br /><br />
事故直後から続いたのは、ぶつけられた左肩から腕先にかけて、まるで日替わりのごとくあちこちの部位に現れては消え、消えては現れてくる痛みで、これにはほとほと困りました。<br />
退院後もいろいろな痛みに苦しめられましたが、最新の痛みといえば、昨年７月以降本格的な治療を続けている歯に関するものです。インプラントだけでも10本も打ちましたから、まるで人体実験です。このプロセスにおいては、口腔内での様々な痛みに遭遇しました。<br /><br />
この体験の中で、基本的に私は痛みに対しては結構強い体質なのではないかと思うようになってきました。もちろん、できることなら僅かな痛みだって避けたい気持ちはやまやまなのですが、生きていく上においては時に避けがたい痛みが襲い来ることも事実でしょう。<br /><br />
そんなわけで、わが人生において稀有かつ豊富な痛みを集約体験した記録を共有していただくのも一興かと、ブログにまとめてみました。<br />
この手の話が苦手な方はどうぞ看過下さい。</p>]]>
<![CDATA[<p><br /><strong>「痛み」っていろいろあるものね</strong><br /><br />
昨年の交通事故による入院で、通常では遭遇できない実に様々なことが経験できて、結果的にはよかったと思っています。<br />
まるで「痛み」のデパートのような体験も、その主役級のひとつでしょうか。<br /><br />
入院当初は、身体中のあちこち血が滲んだり腫れ上がったりで、ヒリヒリするような、いわゆる全身打撲や擦過傷的な痛みに苦しめられました。暫くすると、左足の骨折部分にビクンとするような衝撃的な痛みを感じるようになりましたが、これは時間が経ち経験を積むに従って、痛みを避ける要領も覚え、激痛を感じる機会は少なくなっていきました。<br />
もうひとつの痛みは、あごの部位です。あごは上顎両端と中央下顎の3ヶ所も骨折してしまいましたから、かなりの重傷でした。特に右側はパンパンに腫れ上がり、ズシンとくるような種類の重い痛みなど、本格的？とも言える痛みの症状に苦しめられました。特に体温が上がってくるとあごの中央部がズーンと痛んでくるのでした。<br /><br />
瞬間芸的な痛みもありました。<br />
担ぎ込まれた当初、自らの歯による損傷で口腔内が滅茶苦茶に傷ついていたため、麻酔を打ちながら片っ端から傷口を縫っていく処置が行われました。担当されたのは形成外科のまだお若い女性の先生でしたが、まるで野戦病院のようにダイナミックな、でも実に手際のよい手当だと思わせる処置でした。これも入院直後１回きりのものでしたが、かなりの痛さを伴いました。<br /><br />
加えて、入院当初の苦しい痛みとして忘れられないのは、事故の際に折れて喉の奥の奥に突き刺さった歯を抜き取る時のものでした。口を思いっきり開いて奥壁に刺さった状態の歯を取り除いてもらったのですが、「中西さん、突き刺さった歯が口から取り出せる所にあってあなたは運が良かったのですよ。もしこれがもう少し奥の方だったら、喉の切開手術で取らなければならなかったのですから」とのことで、こういうのも幸運と言うのだろうかと変に感心したのでした。<br />
この時の歯は今も記念に保存してありますが、取り出してみると歯って随分長いものだなぁと改めて思いました。<br /><br />
もちろん、歯が折れて神経があちこち飛び出してしまったことによる痛みも強烈な刺激痛でした。これは虫歯などによる歯痛と同種のものです。これまでの人生で歯神経の痛みを他の痛みと相対比較してみることなどなかったのですが、このたび経験してみると、歯には表層的な痛みではあるのですがどこにも持って行きどころのないヒリヒリする独特のものがあって、息の出し入れにも反応する痛みのキツさは痛烈でした。<br /><br />
痛み止めは飲み薬・座薬・点滴と３種類使っていましたが、何となく点滴が最も効果的と思えたのは心理的要因も大きかったのでしょうか。</p>]]>
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