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王超鷹と中国の切り絵文化展、そしてPAOS上海のこと

2018 / 1 /30

1月24日(水)〜2月2日(金)、虎ノ門の中国文化センターにおいて「中国剪紙(せんし/切り絵)文化展」が開催されています。
https://www.ccctok.com/event/event-detail/?id=7307
これはPAOS上海の代表である王超鷹(おう ちょうよう)の作品及び収集コレクションを紹介する展覧会ですが、中国における切り紙絵は、わが国の寄席の紙切り芸などとは全く別次元の歴史的・文化的意味の深い、独自の存在価値を持つようです。


いかにも中国らしい開幕式(中国文化センター)


王超鷹の講演

展覧会では、何と言っても先ず切り絵の精度に驚かされます。
こうした分野が昔から存立しているのは、かつて中国では一般庶民の多くが読み書きができなかったためで、例えば母親が嫁に行く我が娘に嫁の務めを切り絵を使って教えた、ということなどもあったようです。加えて、お祝い事などには切り絵を装飾として用いて、その影の効果を楽しんだり、技を競い合ったりもしたとのこと。
となると、当然、切り絵には相当精細な表現が必要とされ、その役割や目的に適うレベルの技工も求められました。生活の中の様々な内容を切り絵で表現することは、日常生活に組み込まれた一つの文化であったようです。

王超鷹は、13歳にして国家に選抜されて伝統工芸伝承の世界に入り、過酷な修行と鍛錬を経て17歳にして伝統工芸師として名人の域に達したのだそうです。そしてその後も精進を続け、現在では剪紙の人間国宝級の存在になっています。
加えて、彼は篆刻(てんこく)の名人であり、その関連もあって世界最古の文字である漢字のあらゆる来歴や意味にも通じた漢字博士でもあるのです。付言しておくならば、少数民族のごく限られた人々のみが密かに使い伝えてきた「トンパ文字」の標準書体まで、依頼に応じて作っています。

話を切り絵に戻しますと、はさみとカッターだけでよくぞここまでの制作物を生み出せるものだと、その技術と表現力に驚嘆し深い感動を覚えます。


090911_w.jpg

切り絵の展示会場と作品

因みに彼の剪紙作品は、既にヨーロッパでは何度か大々的に展覧会が開催され高い評価を得ており、わが国は多少遅きに失した感があるのですが、このたび熱烈招聘により初展覧会がついに実現したようです。いずれにしても、とにかくこれは一見の価値ありです。

王超鷹と私のそもそもの出会いは、1988年に私が武蔵野美術大学で年に一度だけ行った特別講義でした。来日し同大学院留学生として学んでいた彼が、指導教授に「この講義は是非とも聴いておいた方がいい」と薦められ受講したのだそうです。若き王超鷹は、日本型CIに関わるその講義に多大なショックを受け、以後CIについての紹介記事を中国に送り続けたそうです。

時を経て1997年、私が現地法人「PAOS上海」を起ち上げようとした際、当初はPAOS北京の支社として置こうとしたのですがどうしてもうまく進みません。そして程なく判明したのは、上海の事業は上海出身者か同地に関わりの深い人物を中心に据えないとだめだということでした。その時に「私に代表をやらせて下さい」と名乗り出てきたのが王超鷹だったのです。
以来21年になりますが、今やPAOS上海は私どもの中国拠点として際立つ機能を果たしてくれております。

私はこれまで中国から頼まれるままにおよそ30回以上の講演・講義を行ってきていますが、王超鷹が現れてからは、通訳は全て彼に任せています。それは彼が私の考え方や実績を深く理解してくれた上で、現地の人達がしっかり理解できるように実に巧みに翻案翻訳し伝えてくれるからです。

彼の娘の晏(アン・愛称ひばり)ちゃんは現在東京大学に留学中で、たまたま私の娘が東大で教鞭をとっていることもあり、つながりが深まっておりますし、夫人の馬放南さん(写真家)も含め、長らく家族ぐるみのつき合いとなっています。

人の縁とは不思議なものですが、これも王超鷹が徹底して人間関係を大切にするという主義の人である事に起因しています。彼がそうした信念を持つようになったのは、小学生時代に文化大革命で我が身が農村へ下放の危険にさらされた時、知人たちの命懸けの助けで何とかとどまれたことに起因するのだそうです。
伝統も文化も運命も中国ならではという凄まじさがあり、彼はまさにその生き証人です。



投稿者 Nakanishi : 2018年01月30日 22:28