中西元男 実験人生
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COMMENT

« 交通事故10年と、STRAMD第8期生募集メイン定点撮影47年展覧会、新宿歴史博物館 »

あらためて考える「STRAMDの存在意義」

2017 / 3 /10

私も齢八十路(よわいやそじ)に近づいていますから、果たしてどの位STRAMDの教壇に立ち続けることが可能なのか判りませんが、「STRAMDでの人材育成とは、まさにこれからの時代の企業経営や自治体経営に必須の実力者養成」との認識を持っております。

時代は、ドイツが国家政策として進めるインダストリー4.0を引き合いに出すまでもなく、明らかに変革の渦中にあります。そこでは科学的対応も重要なのですが、もう少し日本ならではの別角度から、現代の人材に求められる資質やSTRAMDの志向するところについて考えてみたいと思います。

21世紀は人間の時代とも言われますが、人間力を、知力+体力+感力の総合体と考えますと、知力・体力においては、定量化して能力が測定できますが、「感力」は個人の感情や好き嫌いの側面と不可分であるため、量的価値としての計測は難しい状況です。
ところが昨今のAIやロボティクスの登場によって、いろいろな面で、クラスター分類のような傾向値測定ではなく個々人への個別適応能力を持ち、同時に人間力を上回る成果を、時に発揮する時代がやってこようとしています。
ただ知力・体力に対し「感力」のみは、簡単には人間力を追い抜けないだろうと私は考えています。
それだけに、デザインのように感力オリエンティッドな分野は、ますます重視されていくべきでしょう。この場合の「デザイン」とは単に形・色といった表現面だけに限らず、構想力や創造力といった文化的価値に関わるソフト分野を想定しています。
加えて、都市や社会、環境や文化政策のデザインという役割の広がりは、デザイナー教育そのものにもメスを入れなければならない状況を迎えていると言えます。

そもそも近代デザインという発想が現れたのは19世紀中庸の事で、ウィリアム・モリスのARTS & CRAFTS MOVEMENTなどに端を発しています。当初からデザイン教育は美術教育と近似の位置づけで行われてきました。振り返れば、この策定そのものに誤りや無理があったのではないか?と私は考えております。


モリスの制作した壁紙の一端

もちろん、モリスが制作した壁紙などは実に美しく、今の時代でも広く愛され使用されていますが、デザインにとって審美性重視は重要な要素であることに間違いはありません。アートとデザインの根本的な違いは、その量的成果に対する絶対的な評価の差にあると言えます。
「芸術が何故価値を持つか」という問いに、美学ではそれが一品しか無いこと、つまり「一品性の価値」に重点をおいて評価する定義を呈しています。
ところが近代デザインの発想は産業革命と共に生まれてきましたから、当然、大量生産とは不可分です。マスプロダクション/マスコミュニケーション/マストランスポーテーションと、なるべく多くの「量的成果を人類にもたらす」ことが、まさにデザインの求める成果であった筈です。ここはアートにおける一品性の価値追求とは根本的に異なるところです。

近代デザイン発想の始祖とも呼べるジョン・ラスキンやウィリアム・モリスは、「西洋の歴史において、素晴らしい時代には必ず優れた文化を伴っていた」と想定していました。ヨーロッパではギリシャ/中世/ルネサンスこそそうであり、そうした時代の再来を思い描いたのが近代デザインの発芽期であったと言えます。それがARTS & CRAFTS MOVEMENTという運動でした。彼等は近代量産物の粗悪な造形やヴィクトリア調の過剰な装飾から、「中世に帰れ」とケルムスコットプレスなど、美意識の象徴とも言える復古調運動を具体的な行動として起こして見せました。
それが近代デザイン運動の萌芽であり、そこから近代デザイン教育も生まれていくのですが、私はここに一つの誤りというか抜け落ちがあったと考えています。
確かに生活や社会の中に美意識を取り込むというのは大変重要なことではありましたが、その結果、その後のデザイン教育に美術偏重の教育プログラムをもたらしたのは、振り返り見れば残念なことであったように思えます。アートの価値が一品性にあるとするならば、デザインの価値は前述のごとく量的価値を生活や社会にもたらすところにあると言えるでしょう。そこでは美や文化のみに止まらず、経済や経営とも深い結びつきを持って然るべきであったと言えます。
私は、デザインを学び始めて直ぐにこの問題が気になり始め、その後、永くデザインと企業経営や自治体経営の関わりに関心を抱き、自らの仕事でもその部分に注力して参りました。

今日、世の中は量的成長の時代から「成熟社会型発展」に変わろうとしています。モノを量的に造るということは、必ず環境的に害を生み出すということでもありますから、成長とは極力文化的な発展でなければなりません。量を満たしながら優れた文化を生み出していくという目標に最も近いところで存在しているのが、まさにデザインです。
人は一度覚えた快楽は決して忘れること無く、必ずそれ以上の歓びや快楽を追い求めると言われます。


STRAMD受講生(1〜7期)の職業構成

今や私たちのワークスタイルも企業経営も、すべて見直す時期がやって来たようです。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、要はこれまでの常識や通念、つまり従来型左脳発想を一度かなぐり捨てるという意味で、面白い時代がやって来たのです。
「STRAMD(戦略経営デザイン)」という右脳磨き講座は、そうした新しい時代を見据えてスタートし、遂に今春8期生を迎えようとしています。7年間の受講生は23才から62才までと幅広く、フリーランスで仕事をする人から大企業の役員まで、資格ホルダーもMBAをはじめ、弁護士・弁理士・管理栄養士・薬剤師・一級建築士等々実に多彩です。
受講資格は3年以上の仕事経験者であることを望む、ということだけです。ですから、通常のビジネススクール等と異なって、遙かに幅広い多種多様な人々の出会いと一年間の協学がここにはあるのです。
本講座を起ち上げて以来7年間に、本来なら出会うはずのない人同士が出会って価値創造にチャレンジすると果たして何が起こるか?その人間関係の妙をじっくり観察してきました。
時あたかもますますの感性&デザイン重視時代。加えて生活もビジネスもITなくしては成り立たないICT時代、そしてAI(人工知能)時代を迎えています。
今一度、仕事人生をデザインし直しませんか?新しい人的ネットワークをつくりませんか?
「自分自身のデザイン」を考え直してみる導火線への着火が、まさにSTRAMDなのです。



投稿者 Nakanishi : 2017年03月10日 11:19