中西元男 実験人生
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トンボ、ヒーロ・ホーロ

2012 / 2 /27

なぜだろう?夢の中でトンボを捕まえた。
ナゼ今頃そのような夢を見たのだろう?

首筋の右後ろのところにいきなりやってきたのを、反射的にパッと押さえたのだが、あっ!大型のトンボだ!と潰さないようにそろーっと手でお椀をつくるようにして、慎重に両方の羽を(片方の羽だけ持つとちぎれてしまう)、上手く指を動かして掴かみ取ってみると、なんとそれはヤンマだった。子供の頃に神戸ではホンマとも呼んでいたが、それは滅多に捕獲できない本ヤンマだったのだ。
もっと大型のトラトン(オニヤンマ)は更に珍しかったが、ヤンマだって飛翔するのを目にすることはあっても、よほど偶然の機会にでも恵まれないと捕まえることは難しい。一日中子供が、「トンボ、ヒーロ・ホーロ」と追っかけ回しても、捕らえられるチャンスなど滅多に無かった。

僕は子供(小学校2,3年生)の頃、近所でも有名な虫取り名人だった。
素手ではなかなか捕まえられない、蝉の中でも最も大型のクマゼミだって、しょっちゅう手で捕らえていたが、それと比べてもヤンマの捕獲は別格に難しかった。

当時、というのは太平洋戦争終戦間もない頃のこと、神戸市の市中とはいえ、近所には米軍が空襲で爆撃をして回った後の大穴がいくつも空いていた。大型の250キロ爆弾が落ちた後の穴は特に巨大で、そこに池のように水が溜まり、池面(いけも)の上を悠々とヤンマが弧を描いて飛び回っていた。が、赤トンボなどと違って、いくら捕虫網を振り回しても、ヤンマはほとんど捕らえられるものではなかった。それくらい貴重な昆虫だった。

他方、クマゼミは特に栴檀(せんだん)の木に集まる習性があって、自宅の庭が比較的広く、表庭と裏庭には大きな栴檀の木が3本ほどあったため、よくこの木に登っては素手で捕まえたものだ。気の毒だったが交尾中のセミは直ぐに飛び去るわけにはいかないので、格好の捕獲チャンスであった。
またクマゼミは逃げるとき、必ずオシッコをして飛び去るから、何度もセミの小便の洗礼は浴びたものである。

近所のフツーの子供達にとってはクマゼミは貴重な捕獲物だから、みな裏山の公園で竿の先にトリモチ(ネバネバとした練り物状で、虫につけると簡単に捕まえられた)をつけてセミ捕りをしていたが、捕れても羽にトリモチの痕がベタベタと残ってしまい、成果品としては価値が半減した。
その点、素手で捕まえたクマゼミは綺麗で皆の羨望の的だったし、大変な戦利品だったのだった。

今は、わが国も温暖化が進み、東京でもクマゼミを見たという記事を目にするが、その頃、この大型セミは静岡くらいが北限とのことで、長じてからは夏休みなどに田舎に帰り再度上京する際などに、早朝から何匹も手掴み捕りをしては、丁寧にティッシュペーパー等に包み、貴重品として下宿の近所の子供達にみやげに持って帰ったものだった。どうせ自然の侭に生きていても一週間くらいの命だから、東京の子供達にこの貴重品を生きた侭見せてやりたいとの思いからだった。
クマゼミはお腹の赤い雄だけしか鳴かないのだが(他のセミも雄しか鳴かない)、列車の荷棚で時々ジィージィーと鳴き、乗客の皆さん怪訝そうに上を見上げていたものだった。

さて問題は、見た夢など殆ど覚えていたことない私が、どうしてヤンマを捕まえた夢をかくも鮮明に覚えていて、ブログに書き残してみようと思ったのか?だが、それは多分視覚だけの夢見ではなく、虫を捕らえた時の独特の触角の記憶が蘇ったからではなかろうか?

平均寿命からいっても、おそらく余命がそう長くは無い私に、完全に忘れ去っていた子供時代の神様のプレゼントだったのかもしれない。
夢占いでは、トンボは恋占いのシンボルなのだそうだが、マサカね?

(この拙稿は、忘れないうちに敢えて丁寧語を使わないで記述しました。ご容赦下さい。)



投稿者 Nakanishi : 2012年02月27日 11:36