中西元男 実験人生
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COMMENT

« STRAMD(ストラムド)、実に面白い実験講座メイン再会、ヒョウとシマウマ、横須賀美術館 »

デザインの経済的効果?

2011 / 10 / 4

先日、NHK放送大学(紺野登先生担当)の取材で、「デザインの経済的効果はありますか?」という旨の質問を受けましたが、私は「経済的効果の無いデザインの方が、むしろ亜流というか、異常なのではないか」と答えました。


STRAMD(ストラムド)教室での取材風景

確かに最近の、特にわが国のデザイン界は、「作家作品主義の土壺」にはまり込み過ぎているのではないかと考えています。

そもそも近代デザインは産業革命に端を発したものですから、マス・プロダクション、マス・コミュニケーション、マス・トランスポーテーションなど、いわゆる大量とは切っても切れない関係にあった筈です。
それは取りも直さず、近代の量的商業主義と良くも悪くも結びついて存在してきたもので、その出自を考えれば、経済的効果のないデザインなど本来の姿では無いと私は考えてきました。
事実、PAOSの会社案内書やDVDには、年数を重ねての売上げや利益の伸びをあらわす数字的成果としてのグラフがいくつも出てきますが、それを掲出してもクライアントから苦情を言われることのない仕事を多く創り出して来たからでしょう。


「新理念+感覚訴求」は「経営変革+売上増進」のきっかけになる

という以上に、デザインとは、「見えないデザイン、見えるデザイン」を戦略的・長期的・構造的に活かせば、そうした経済的効果を可能とする分野なのだとの、多くの実体験を重ねて来たともいえます。
それゆえに他の多くのデザインに関わるコンサルタントオフィスが、その異種混合分野のデザインに真剣に取り組もうとしない現実を、受発注側双方にとっての機会損失と考えているのです。

PAOSビジネスの存立哲学は「街を埋めていくデザイン」「生活を埋めていくデザイン」の美的・快適水準の向上であり、常にそのことを念頭に置きながら仕事を推進してきたつもりですが、これは企業の経済的成果を伴わずしては続け得ないことです。
事実、PAOS40年の仕事歴では、その指針を必死になって貫いてきたつもりです。

では「何故、デザインは作品主義になってしまったのか?」
それはデザイン教育が、伝統的に美術学校の延長上に置かれてきたことが第一の理由、デザイン史の主軸の一つを建築家が支えて来たことが第二の理由だと思います。

現代のデザイン教育が、美術教育と不可分の位置付けにあることは、どなたも異論の無いところでしょう。
デザインの主題が送り手中心発想の、表現とか造形に重きが置かれた工業化時代ではそれでも良かったのですが、現代のような受け手中心発想の脱工業化社会や情報化社会では、むしろデザインは経営学とか生産工学、情報科学と結びつく流れに変革していくべきだったと思います。
要は、広い意味での市民生活文化牽引の担い手になるべきなのです。

私事になるかもしれませんが、総合大学にこそデザイン学部を設置するべきとする「早稲田大学デザイン学部設置への試案」なる1962年発表の提案は、こうした流れを読んでのものでしたが、残念ながら未だに具現化しておりません。

他方、かつてスタンフォード大学で世界のデザイン界の知見100人を集め、「世界デザインサミット」が催された際、その準備段階の企画会議の途次で「建築家を入れるべきか否か」が話題になって驚きましたが、その理由とは「彼らの仕事の仕方は19世紀的で、決してデザイン本来の姿とは言えない」という主張が、真面目に議論されたからです。
確かに造形成果物としての建築の存在感は大きいのですが、「基本的に建築は一品性の価値の追求」ですから、量的価値追求を使命とするデザインとは相容れない特徴を持っています。

ただし最近の工業生産は、ますます受け手発想に価値を置く「いくつも答えがあるからこそ正しい」個別対応の最適解型に変化してきていますから、単純な量的物的価値とは相反する要素が時代と共に強くなってきているのですが、果たしてマスの送り手発想に依拠し続けてきたデザインはどうなっていくのでしょうか?

ともあれ、デザインが経済的効果と無縁に存在することなど考えられませんが、それ以上に今後ますます強まる分野融合社会の中で、新しい文化・経済成長時代の主要な役割を果たさねばならないことは間違いないと考えています。
その実現のためには、今こそわが国の中長期的にして根源療法的デザイン政策が必須とされているのだと言えるでしょう。

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投稿者 Nakanishi : 2011年10月04日 18:10