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COMMENT

« 東京ミッドタウン「いなだストーンエキシビション」メイン中国国家大劇院(NATIONAL CENTRE FOR THE PAFORMING ARTS) »

久しぶりの北京と16年ぶり感動の再会

2009 / 11 / 4

最近は長距離旅行や出張をなるべく控えるようにしており、特に海外旅行はそうなのですが、このたび、よんどころのない所用が重なったのと、たまたま、ICOGRADA(国際グラフィックデザイン協会)の世界大会が北京で開かれたこともあって、久しぶりに北京まで出かけて来ました。今回は、羽田—北京直行便が就航し、アクセスが大変便利になって2日目の便に搭乗できるという幸運もありました。

わずか3日間の滞在でしたが、暫くぶりの北京訪問ということもあって、予想もしていなかった予定が次々と入り、結構早朝から夜半まで忙しい毎日となりました。ただ、収穫も沢山ありました。

私が招待を受けて初めて北京を訪れたのは1993年のことで、この時の目的は中央工芸美術学院で10日間のCIに関する特別講義を行うことでした。この大学は、元々は周恩来の指示で1953年に創られた工芸美術などの文化を司る人材育成機関とのことで、現在のC華大学美術学部となっています。
わが国のデザイン界で最初のデザインに関する本格的な講義を行ったのが、多分私ではなかったかと思います。そんな出会いもあり、その後も依頼を受けるままに多分30回位は彼の地で講演活動なども引き受けてきましたので、現在でも中国の大学の教科書には沢山私やPAOSの記載があるようですし、私自身は彼の国で言う「最初に井戸を掘った人」として大切に遇して頂いています。

特に中国人には、CIのような経営や経済、つまりお金と関わりの深いデザイン分野についてはソフトの産業として深い関心と探求心を持ってもらえるようです。デザインをどちらかというと作家作品主義で捉えるわが国との大きな異なりです。


最近集めてもらった私のことが載っているという教科書の表紙類(これでもごく一部なんだそうです)

93年当時は、北京の街中をまだノンビリと馬車で荷を運んでいるような光景も見られた時期で、この時期はいくつも驚くような貴重な経験が続いたものでした。

たとえば、連日の講義中には、常に前の方の席に座っているまだおかっぱ頭の可愛い女子学生たちが、置いてある中国茶に私が少しでも口を付けると、すぐさまお湯を継ぎ足してくれるのです(これは中国ではごく一般的なしきたりなのですが)。はじめはこの人たちはお茶の係なのかなとも思ったのですが、それ以外の時は真剣にノートを取っているので聞いてみると3年生の学生だというのです。
しかもその時講義に出席できたのは、卒業生も含め選ばれた人たちのみとのことで、「この人たちは卒業した後どうするの?」と尋ねましたところ、「皆、国営企業や大組織の部長クラスとして就職していく」と言われビックリしたことを鮮明に覚えています。この学校に全国から推薦を受けて入学できるのが60人に1人ということでしたから、まるで明治時代初期の東京帝国大学卒のエリートみたいな存在だったのですね。

この最初の北京滞在時は、午前中は確かに学校での講義でしたが、午後には次々と取材を受けたり要人たちに会わされたりしました。その中の一人、経済部の副部長(わが国で言う経済産業副大臣)の方から、「これから中国は市場経済化に向かっていかなければならないので、先生にも専門分野から是非指導をして頂きたい」との依頼を受けました。その時「13億もの人間のいる国だから、新しい分野に対して国民の理解や合意を受けていたのでは遅くなり過ぎる。解る人が解ればいいのだ」とも言われ、日本で大臣クラスの人がそのような発言をしたら、たちまち問題になるのに随分思い切った発想や実行の出来る国なんだな、と感心したことを覚えています。

一方、この時大いに不思議に感じたことがありました。
それは、私が初めて北京にやって来ているのにも関わらず、会う人たちがみな私やPAOSという会社のことを異常に詳しく知っているということでした。
当時は、講義であれ歓迎パーティであれ全て「集会」ですから、余程の要人との個人的な会合でない限り、必ずルールに従って共産党の立ち会い人が無言で立って監視?をしているのです。取材にしても予め質問や応答内容を明らかにしておいてのそれでしたから、うっかりしたことも言えず、不思議な気持ちを持ち続けての時間が続いていました。
そこで、帰国直前の最後のインタビューの際に一計を案じ、東京と連絡を取らなければならない急用が生じたとの理由をつけて、取材場所を私の滞在ホテルの部屋に変更して貰ったのです。この時はさすがに党の立ち会いの人はいませんでした。
そして取材が一通り終わった時点で、その若い記者に思い切って質問してみました。
「僕は初めて中国にきているのに、あなた達はどうしてそんなに私のことPAOSのことを知っているのか?」と。

彼は当初何を聞かれているのか質問の内容を理解しかねていたようでしたが、やがて問いかけの意味するところが分かり、すぐに当時北京一の大通り王府井(わんふうちん)にあった大きな書店に連れて行ってくれたのです。
そこで彼が指さす方を見たら、な、なんと私が見たこともない私の本が積み上げられて売られていたのです。多くは台湾で勝手につくられた本の輸入品でしたが、中国の人たちはこれを読み、私の考えやそれまでにやって来たことを学習していたのです。
これら以外にも、その後いろいろ海賊版など見つけていくことになるのですが。

後に聞いた話ですが、当時まだ外貨の少なかった中国(現在とは隔世の感がありますが)では、国家の決める輸入冊数制限があった中で、これらの必要書籍を判読可能な同じ漢字民族圏から輸入しているのだとのことでした。つまり私は海賊版の功徳というか自分でもあずかり知らないところで、すっかり有名人になっていたのでした。

実は、この時に案内してくれた若手記者、曽輝(Zeng Hui)さんと、今回なんと16年ぶりに、ICOGRADAのオープニング式典で再会したのでした。お互い顔を見合わせた瞬間に「アッ!」と分かり合いました。


16年振りに会った曽輝さん(右から2番目の人)との再会記念写真

曽輝さんはすっかり偉くなり、国家大劇院(NATIONAL CENTRE FOR THE PAFORMING ARTS)の芸術品部部長(Arts Museum Director)の要職に就いていました。

そして、是非国家大劇院を案内したいから観に来て欲しいと頼まれ、翌早朝からの訪問の約束を交わしたのでした。


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投稿者 Nakanishi : 2009年11月04日 13:30