中西元男 実験人生
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事故怪我から一周年

2008 / 1 /23

先の新年のブログで私の交通事故について読まれ、驚かれたり、あるいは改めて相当に重傷であったことをお知りになった方も多かったようで、重ねてお見舞い状やお見舞いの品を戴きました。お騒がせしましたことをお詫びすると共に、心より御礼申し上げます。多くの皆さまに温かいお心遣いや励ましをいただき、何度も頭の下がる思いが致しました。

昨年1月13日に二輪に跳ねられ、10m近くも飛ばされたにもかかわらず、直接ぶつかった左膝下を複雑骨折しましたことと、顎部から落ちたため顎の3カ所と歯が5本折れたことぐらいで、脳への障害や内臓破裂は無く、身体のどこかに目立った外傷も残ることもありませんでした。事故自体は不幸な出来事でしたが、その後の損傷に関しては信じられない程の幸運が重なったように思えます。
事故現場は、オフィスの真ん前の片側三車線もある広い道路の横断歩道でした。渡り切るほんの1mくらい手前で撥ねられ、落ちたところが丁度中央分離帯の切れた所だったため対向車に再度ひかれる事がなかったのも幸いでした。

0時半くらいの夜半、仕事を終えオフィスを出て、向かい側に渡ってタクシーに乗ろうと遠くを見ると、はるか向こうの「みずほ銀行」の辺りに2台タクシーが止まっていましたので、あれでも拾って帰宅しようとゆっくり横断歩道を渡っていました。ですから、オートバイが突然突っ込んでくるなどとは思いもよらず、事故に遭った瞬間の記憶も当たられたという意識も全く無く、気がついた時には明け方の都立広尾病院のER(救命救急センター)の中でした。
全く車の走っていない広い三車線の道を渡り切る直前で、歩道から1m程手前の所から道路の中央にまで飛ばされたということは、加害者のオートバイは歩道との間の狭い内側からぶつかってきたわけで、何とも不可解な感じが致しますが、事故が起こる時というのはそういうものなのでしょうか?

私は当然青信号で渡っていたわけですが、その部分は相手と言い分が違っています。しかし、私の側の証言者は自分しかいません。はるか向こうにいて乗ろうと思っていたタクシーの証言で状況想定がされたと聞きましたが、そのタクシーが事故現場に至るまでにはある程度の時間があったはずで、そのあたりの時間差を考慮しない警察の事故係の事情聴取には大いに疑問を感じます。もし信号が赤であれば、当然私はゆっくりと歩道を渡ってなんかいなかったはずですから。この部分は言っても水掛け論であろうと強く主張しなかった自分を、今は反省しております。

どうも私はこうした場合、何事につけ淡泊すぎて損をすることが多いようです。
相手が28歳という人の良さそうな青年であったため同情してしまったのかもしれません。家内も「前途のある若い人で、あなたも死なないで済んだのだからなるべく穏便な対応をしてあげましょうよ」と言っていましたし、病院から断られながらも何度も見舞いにやってきてくれた人だったので、「それもそうだ、生き残れたから」などと考えたのですが、任意保険にすら加入していなかった人ですから、もう少し相手の運転者としての責任感の無さを考えるべきだったかもしれません。しかも随分無理な運転をしていた事実は疑いようもないわけですから、毅然とした態度で対応すべきだったのでしょうか。
現場はHANAE MORIビルの明るいショウウィンドウの前で、いま同時刻にその場所を自分の車で走ってみても、こんなに視認性の良い場所で、しかも青信号だったとしても走行車は注意徐行が前提の横断歩道で、どうしてあれ程の事故に遭遇したのか不思議でなりません。いずれにしましても相手の二輪は相当スピードが出ていたことは確かですし、ひょっとすると無灯火だったためにぶつけられる際にも接近車両を全く意識することが無かったのかもしれません。

さて、暗い話ばかりしていても面白くないので、時間を今に進めましょう。
先日、13日の事故記念日には、病院にお見舞いに来て頂いた20人程の皆さん (症状や病院名は伏せましたので、どうしてもお会いしなければならない方と何らかの経緯でお越しいただくことになった方とのみお目にかかりました) にお集まり願い、事故現場の遠望できるレストランを借り「快気内祝いの会」を賑やかに催しました。サプライズで生まれ変わりの1歳のお誕生日ケーキなどもご用意いただき、皆さんのお陰でなかなか楽しい会になりました。


23日が12時間半もかけて行われた手術の日でしたから、13日の「生き残りの日」を記念日にするか、あるいは23日を「生まれ代わりの記念日」にするか多少迷ったのですが、今後は毎年1月13日を私の第二の誕生日にしたいと考えております。



投稿者 Nakanishi : 2008年01月23日 21:57