中西元男 実験人生
HOME
PAOS
WGD
NAKANISHI'S PROFILE
実験人生のテーマ
このブログでは、カテゴリー分けに出来ないため、
テーマを色別で表示しています。


■PAOSノベルティ

■PAOSクルーザー
新着ブログ
DoCoMoどうした?
TV「ぶらり途中下車の旅」の威力
ご案内
「第4回JDBデザイン・インタラクション」は、少しでもデザインに関心を持たれる方なら必聴のテーマ"Bauhaus(バウハウス)"です。どうぞごお聴き逃しなく!!
開催は7月24日(木)夜、会場は東京ミッドタウンです。

母も逝った
父が逝った
アーカイビングの価値を発揮し始めた
「World Good Designアーカイブス」

劇的な週末
ご案内「第2回 JDBデザイン・インタラクション」に参加しませんか?
次回は5月21日(水)です。

34年前の「企業の文化戦略」提案は結構新しかった
緊急号外 !
GWに《PAOS&中西ショップ》東京ミッドタウンに出現

ベネッセ「文化化コンセプト」花開く
「挑戦」で仕事をするか、「調整」で仕事をするか「考」
デザイン振興策、私論試論、またの名をデザイニスト養成
インターンシップ修了生
新企画のご案内「JDB(4月2日)に参加しませんか?」
昨年の事故入院時の記録から(最終回)
昨年の事故入院時の記録から(その6)
昨年の事故入院時の記録から(その5)
昨年の事故入院時の記録から(その4)
昨年の事故入院時の記録から(その3)
昨年の事故入院時の記録から(その2)


ARCHIVES
COMMENT

« 安比高原まで「亀倉雄策作品」を見に行った話メイン亀倉先生との思い出2「松屋銀座のCI」 »

亀倉先生との思い出1「DECOMASの推薦文」

2007 / 8 / 9

展覧会で亀倉作品を改めて見たのを機に、先生の思い出話をいくつか私なりに書いてみたい、記録に残しておきたい、と思います。
私自身は作家ではありませんから、先生と作品などについて話し合ったという機会は少ないのですが、私が構想していたデザイン哲学 (拡デザイン構想) や戦略デザイン (知的美的経営の導入) や仕組みのデザイン (マネジメントインフラとしてのストック型デザイン) の重要性について、デザイン界における最大の理解者が亀倉雄策先生ではなかったでしょうか。その意味で亀倉先生はご自身優れたデザイナーでありながら、デザインをデザイニスト産業として重視するということの、稀に見る理解力の持ち主であったと思います。


先生と初めて直接お目にかかったのは1971年のことでした。当時、事務所のあった平河町にお伺いしました。
目的はまもなく刊行しようとしていた「DECOMAS−経営戦略としてのデザイン統合」の推薦文を書いていただくことのお願いで、版元である三省堂宣伝部の担当者:平田嘉男さんと一緒でした。
いまだ理想主義のかたまりで駆け出しもいいところの私としては、既に超有名で最高の作家デザイナーであった亀倉先生が、拙著に本当に推薦文など書いてくださるものか?と、半信半疑の訪問でした。当時、若手の経営学者や実務家として優れた才能を発揮し始めていた小松紘行・寺本義也・成田力ら共著者らとさんざん議論や研究を重ねた結果の提案の書籍である新著は、その内容や新しい発想そのものには自信を持っていましたが、表現作品の秀作集でもなく、また、当時としては類書も無いようないわば異端の経営デザイン書であったからです。


亀倉先生は、当時のデザイン書としては異常とも言える程に図版数の多い校正刷りを、端から1ページずつめくりながら実に丹念に見ていかれたのでした。その間はおよそ3時間にも及んだかと記憶します。
見終わられた先生は「君、これは実に素晴らしいよ」と感想を述べられ、即座に推薦文執筆をご快諾くださったのでした。
その後もお目に掛かるたびに終始ご機嫌で、私の考えややろうとしていることのデザイン界における重要性について語られ、励ましの言葉をいただきました。


亀倉先生の慧眼に誤りはなく、その後、「DECOMAS」という本は30年間に10版を数える超ロングセラーになってくれたのでした。
初版の値段が、デザイン系では高額類書の2倍という思い切った最高値の書籍であったにも関わらず、よくぞ30年にもわたり売れ続けてくれたものだといまだに不思議な気持ちになります。
しかし結果として、これが私たちPAOSの社会的な信用状となり営業案内にもなってくれたお陰で、その後、マツダ (当時は東洋工業)、セキスイハイム、ダイエーと次々と仕事依頼が続いていくことになったのです。


「DECOMAS」の効用は日本国内だけに留まらず、韓国・台湾等わが国文化の影響を多く受けていた国々にも及び、それらの国を代表するデザイン界の巨匠たち、すなわち趙英済・林盤聳などの人たちとも、今に続く交流が生まれていくことになったのです。これらの地域の戦後第1世代の経営者たちは皆さん日本語が読めましたから、彼らが仕事をして行く上において「DECOMAS」効果は絶大であったようです。


効果といえば、グラフィック系を中心にわが国のこれはといったデザインオフィスにも「DECOMAS」の影響力は多大で、初版刊行から36年も経った今でもたまたま出かけた地方のデザイナーの集まりなどで、「あの本で勉強しました」と言われる方たちにしょっちゅう出会います。全国にDECOMASファンのデザイン関係者はまだまだ沢山いらっしゃるとの印象を持ち続けています。


確かに、デザイン書や経営書の分野で30余年間も刊行され続け、長く実務的な影響を与え続ける書籍は珍しいと言えるでしょう。
この本の版元三省堂では、本当はDECOMASを永久に出版し続ける指定書籍にしてくれていたのですが、担当者のうっかりミスから廃刊になってしまったのは大変残念なことでした。


ともあれ、書いた本人ですらそこまで売れるとは思っていなかった書籍を、最初からこの本は画期的と見抜き、支援を惜しまれることの無かった亀倉先生には今もただただ感謝です。


最後に亀倉先生から拙著DECOMASに頂いた推奨の言葉の一端をご紹介し、本稿を締めくくらせていただきます。
「・・・、この本の内容が訴えているように、日本の経営者が具体的な進路を把握していないと国際経営陣の仲間入りはとうていできないと思う。それよりも国内的にも時代遅れの無能な経営者になり下がってしまうかも知れない。一方、日本にも新しい経営者が出現した時、はたして現在のデザイナーはそれに応えることができるであろうか。面白いアイデアという技術だけでは経営者の思想を表現することはできまい。DECOMASがいかに強力な企業表現の基礎であるかを教えてくれる。・・・(1971)」





投稿者 Nakanishi : 2007年08月09日 16:54