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« 亀倉先生との思い出1「DECOMASの推薦文」 | メイン | 次は「デザインをブームに」するのか? » ■■■■亀倉先生との思い出2「松屋銀座のCI」2007 / 8 /21今でも「Mr.百貨店」の敬称で呼ばれる(故)山中カン氏ですが、山中さんが現在の伊勢丹のファッションをはじめとする先端百貨店路線を築かれたことはよく知られるところです(カンの字は正しくは金へんに貫です)。その山中さんが同社専務から助っ人として松屋に入られ、松屋銀座店を中心とする再生の協力要請を私が受けたのは1977年のことでした。 これはプロジェクトのスタート時に、亀倉先生から直接伺った話ですが、私共が松屋から依頼を受けた当初、PAOSに松屋再生のCIを頼んだ事実が判った際、同社銀座店に本拠を置くデザイン・コミッティ(わが国の各デザイン分野を代表するデザイナー50人程の組織)のメンバーの中から、「どうしてわれわれがいるのに、PAOSだか中西などというよく分からない駆け出しの所に仕事依頼をするのか?」と問題になったことがあったのだそうです。確かに1977年頃の私どもはDECOMASの本を著していたとはいえ、まだまだデザイン界では無名に近い存在と言えたでしょう。
結果的に松屋で私がやったことは、この百貨店のシンボルマークやロゴをはじめ、百貨店の顔とも言える包装紙や手提げ袋など、亀倉先生の労作ともいえる代表的なグラフィックデザイン要素やアイテムを全て否定し変えてしまう仕事だったのです。
投稿者 Nakanishi : 2007年08月21日 16:49 |
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