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« マックが出てきてデザインがマックになってしまったメイントップと直接話をしながらデザインをする  »

亀倉雄策・田中一光両先生「社会的使命感を持ってデザインする」

2006 / 8 /23


NTTのマークのアイデンティティを見せて貰った際のスナップ。その時はグラフ用紙に鉛筆で描かれていた。右端が亀倉先生。


かつて亀倉雄策先生にNTTのマークのデザインをお願いした際のことだが、デザイン界の天皇と称された先生は、ご自分がデザインをなさる時、たとえ小さなマークひとつであっても「これで世の中を動かす、変える、との意識を持ってデザインしている」と言われた。だからこそ、時代を超えた素晴らしいマークやロゴの名品があれだけ数多く生まれたのだろうとの思いが強い。


同じような話がもうひとつある。わが国のグラフィックデザイン界を代表する、まさに世界的なデザイナーであった田中一光先生から、「原稿を書いて欲しい」と依頼を受けたことがあった。これは前述の亀倉先生が責任編集をなさっていた《Creation》という高質のデザイン誌に、『田中一光のマークデザイン』というテーマでページが設けられることになり、そこに是非寄稿をとのことだった。その折に、一光先生もマークをデザインされる時に亀倉先生とまるで同じような気持ち、つまり社会的使命感を持ってデザインされているという内容の話をされていた。何か時代を超えたデザインが創出される秘密に触れたような気持ちにさせられる一瞬であった。


その時に「なぜ、私にこの原稿を依頼されるのですか?」と尋ねると、一光先生は「中西さんは、一流企業のトップの人たちにも、デザインが重要な仕事であることを認識させ参加させた人だから」と。また「いくらデザイナーがいい作品を創っても、企業の意志決定者から変わらなければ、この国のデザイン界は良くなっていかない」とも言われた。


改めて思い返すと、両先生亡き後、どうも私自身の仕事はその後それ程大きな影響力を発揮できたとも言えず、むしろ、築き上げてきた日本型CIという分野や多くのノウハウ・実績は、結果として随所で一時の金儲けの手段として利用されてしまったような気もする。一光先生の言葉を思い起こすと、実に耳が痛い。


Identityとは本来「自己証明」とか「依って立つところ」という意味だから、CI はまさに企業存立そのものを美意識や社会性をもってデザインすることである。しかし実際は、理念や哲学を見失い表層の営利追求に流れる行為が多くなっているように思える。


振り返ると、両先生が言われた「使命感を持ってデザインする」ことの重要性は、私自身の役割をも再認識させられたような話である。しかし、わが国を牽引していくような経営者や政治家たちに、デザインが自ら関わる経営や政治の主要なテーマであると理解してもらうには、どうしたらよいのだろうか?


亀倉雄策・田中一光、こうした高尚な意識で素晴らしい業績を残した両巨人の名前すら知らない若いデザイナーが最近多くなってきたのは残念な限りである。企業の世界では「歴史を語れなくなった企業は滅びる。歴史しか語らなくなった企業もまた滅びる」と言われる。今の日本の社会全体がそうであるように、デザイン界もまた一見華やかに発展しているかに見えながら、品位品質において、「文化の創造者」としてはすさんだ時代に入っていっているのかもしれない。


先般、書籍を著すために欧米の著名クリエイティブオフィスを巡ってきた友人が、「昨今の日本 (のCIやブランドデザイン) は、一体どうなってしまったの?」と言われたと話していた。確かに、部品として面白い作品は散見されるが、本当にスケールの大きなデザインが生まれなくなっている現象も否めない。


日本のデザイン界は、自ら可能性の芽を摘み取っていっているように思えてならないのである。



投稿者 Nakanishi : 2006年08月23日 21:22

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