中西元男 実験人生
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COMMENT

« わが父母の祝プラチナ婚メイン新日本様式(Japanesque Modern »

目標をもっと高く置くべきないか? 「高度デザイン人材育成事業」

2006 / 2 /17

※シンポジウム


去年に続き欧米の代表的な教育機関(アメリカのプラット・インスティテュート、イリノイ工科大学、ドイツのツォルフェライン・スクール・オブ・マネジメント&デザイン、オランダのデルフト工科大学)における高度デザイン人材育成教育プログラムにつき発表シンポジウムがあったので出かけてみた。いずれも大学院大学としてのシラバスであり、それぞれ特色や考え方に多少の差はあるのだが、方法論はともかく、「どのような人材を育てるのか」、「デザインという分野に将来どのような役割を与えて行こうとしているのか」、を目指すところに最も興味を抱いて聴いてみたが、共通して「はてな?」と私には思えた。

昨年の同シンポジウムの論調としては、今後デザインという職業分野を拡げていくために、もっとデザインと経済や経営の融合を図っていかねばならない。その際、他分野の人たちにデザインの学習をして貰うよりは、むしろ、デザイン分野の人たちが経済や経営について学ぶ方が効率的で時代の流れから言っても早く効果が期待できるのではないか。そうした前提で教育プログラムは形成されつつある、との考え方が披瀝されていた。


そして今回、それから一年後にもう一度同じ人たちを招いてのプログラムの進化と教育の現況報告であったが、話を聞いている限り、どこかで経済や経営の分野に対し、デザインは遅れているのだ、というコンプレックスのような論調を感じた。


これがどこに起因しているかを私なりに考えてみると、一点は、デザインはあくまでも受注産業であり経済や経営の受け皿としての立場にあるとの前提に立っていること。もう一点は、高度デザインと称する専門分野の人材をいかに育てるか?のHow toに解決の基本姿勢が置かれているところに問題があるのではないかと推察できた。


世の中の成熟社会化、文化オリエンティッドな時代の到来を想定する時、今後デザインの果たさねばならない役割の重要さと守備範囲は限りなく広がっていく可能性があり、このテーマに取り組むに当たっては、まず何故デザインがそうした役割を果たさねばならないかといった文化文明史観的な視座が必要とされているのではなかろうか。すなわち、How toの前にWhy toの発想から入っていくべきであり、その意味で、本シンポジウムで語られている主テーマは、もう一段次元を上げて取り組まないと実りは少ないのではないかと私には思えた。


これからの時代の進展を背景とした企業経営や自治体経営とデザインの関係を考えると、この問題の答は明白なのではなかろうか。これまでの工業化社会における経営の主題は、多く物的・効率的経営と人的経営に立脚するものであった。だが、文化の時代/人間の時代と言われる21世紀にあっては、デザイン自体が前述のごとく他分野の受け皿として受け身に存在するのではなく、むしろ、企業経営の主要なもう一軸、すなわち「知的美的経営」といった存在価値をもって考えられるべきある。いや、知的美的価値の創出こそが、これからの時代は物的・効率的経営と人的経営をリードしていく時代に入っていかねばならないと位置づけるべきではなかろうか。


※3つの経営


第三の経営とも呼べる知的美的経営は、主にデザインマネジメント、ブランドマネジメント、ライツ(知的財産権)マネジメントによって構成される分野である。しかし、いずれも美やイメージとの関わりが深く、定量的に価値測定がしづらいという点で従来の経済学や経営学、ましてや会計学などとは馴染みにくい特色を持つ。


PAOS のケーススタディがハーバード大学のMBAとスタンフォード大学のMOTの教科書に取り上げられた際、この執筆を担当したThomas Kosnik教授は、「PAOS のメタプルヌール」とタイトル付けた。メタプルヌールとは日本語で「蘇業」の意味を当てているが、これはアントゥルプルヌール(起業)に対し、上記の知的美的経営手法を導入して、工業化社会型の企業を情報化社会型のそれへと蘇らせる経営革新を意味している。


※ハーバードの教科書表紙


つまり、「次世代の高度デザイン人材育成プログラム」の核とは、こうした次元でデザインの活かし方をとらえ直すということであり、私が何故Why toの立脚点で考えるべきだと主張しているのかという根拠も実はここにあると言える。第二次産業革命と呼ばれる情報通信革命時代において、デザイン分野の果たすべき役割は明確だと私には思えるのだが。



投稿者 Nakanishi : 2006年02月17日 18:23