中西元男 実験人生
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新日本様式(Japanesque Modern

2006 / 2 /21

新日本様式」と名づけられた国家プロジェクトの発足イベントが新橋演舞場にて催された。外務省・経済産業省・国土交通省・文化庁と4中央省庁相乗りと大変力の入ったプロジェクトであり、式典のトリは坂田籐十郎、パーティの挨拶は市川海老蔵を迎えての豪華版であった。


※パネルディスカッション(携帯で撮影をしたため画像が粗くなってしまいましたが…)

※挨拶をする市川海老蔵氏


「世界に日本の伝統文化を再提言する」と副題がつけられている。理事長は松下電器の中村邦夫社長である。パネルディスカッションのメンバーも中村社長に加えて、石井幹子氏(照明デザイナー)、迫本淳一松竹社長、グラハム・フライ駐日英国大使、司会は福川伸次機械産業記念事業財団会長といった素晴らしい企画であり、是非これからの開花を期待したいが、私には、こうした動き自体が、遅まきながらようやくここに至ったかの感が無いでもない。本当はこうした発想は1980年代エコノミックアニマルと称された時代に始まっていてもよかったのではと残念でならない。


「日本らしさ」と言うと、どうしても伝統芸能や伝統工芸を思い起こし、このたびも歌舞伎の舞台仕立てで式典が挙行されたが、今、国策としての新日本様式とは江戸時代やそれ以前からのモノにこだわるだけでこと足れりと考えるのは早計であろう。確かに江戸の文化が中核になることは否定しないが、世界的に見て現在のわが国が日本らしくあるとは、もう少し複雑な固有価値で支えられていると私は考えている。


日本様式に「新」と付く限り、日本様式を明確化する以上に「新」の部分をこそ明確にしていく必要があるのではなかろうか。


たとえばこれまでのブログにも取り上げた三善加工という会社では、九州の八女に主力工場があり、ここではIT関連商品の液晶画面に偏光フィルムを貼る作業が高収益を上げている。この作業は手先の器用さが大きな武器であり、それを最大限に活用しているのがこの企業の八女事業所である。八女という土地柄はもともと仏壇産業が大変盛んなところであったが、時代と共に斜陽化していく。ただ、仏壇という産業は木彫・染め・織り・漆など多種類の伝統工芸技術の上に成り立っていた。その伝統や精度の高い技術力の持ち主たちがIT産業に転身していったDNAがあってこそ、三善加工の高収益事業は支えられていると言える。これも一つのネオ・ジャパネスクである。

このように、現代で「新」日本様式と言う場合、次の4軸で捉えられると私は考えこれまでも実践してきた。


1. 歌舞伎や漆芸など伝統的な日本文化の価値をそのまま活かし、その独自価値を広く国際的に認めて貰う。


2. 伝統技術がITやバイオと結びついたり、そこにデザインが取り入れられたりすることによって、これまでには無かった新しい独自価値が誕生していく。(Gマークの新領域部門は、まさにこの軸の具現化を基本方針として2000年に発足させたものである。)


3. わが国が、歴史的に古今東西のあらゆる同時代の先端的文化文明を集め取り入れ、同時にそれを見事に日本化し凝縮文化志向による独自の超ボーダレス文化を今日に至るまで創り上げてきた。その意味でわが国は世界文化の融合価値創出大国と言える。日本の漫画やアニメが世界市場の6〜7割を席巻できる背景の秘密は、まさにこうした超ボーダレス文化に起因していると言えるのではなかろうか。


(嘗て、神戸市において「世界の建築史を飾る名住宅を編年的に建築し、該当する時代の什器備品から書籍・アート作品まで集積していく《デザイン史博物公園》」の企画を進めていたが、残念ながら1995年1月17日の阪神大震災のためにこの計画は頓挫してしまった。まさにこれは世界の文化のるつぼであるわが国が行うに最もふさわしいボーダレスデザイン史企画であったのだが。)


4. この国には、四季を前提とし自然を生活の中に取り入れるしつらえの文化があり、また、稲作を中心に置いた見事なリサイクル&サステーナブルにしてエコロジカルな社会が実現されていた。それらの結果がわが国独自の衣食住を創出し、加えて、茶道・華道・香道など世界にも類を見ない独自文化の成果を生み出している。これらをもう一度日本人固有の文化的価値として現代の視点から見直し活かすことも、この国のアイデンティティ確認と確立の重要な作業と呼べるのではなかろうか。


(1990年、松屋銀座の文化教室プログラムで、「日本人が日本人であるための基礎文化講座」を企画したことがあったが、この基本はこれから外国に出かける日本人が着物や羽織袴の着付けから茶道・華道の基礎知識まで、日本人としてこれだけはわきまえて置きたいとする「日本人としての尋常学習講座」であった。)


新日本様式とは、過去を振り返るばかりではなく、それがどれほど現代日本の中に活きかつわれわれの社会や生活を支えているか、また、今日の新しい日本のナショナル・アイデンティティを築いていく中で、どのように活かし高付加価値を持つ文化や文明を創造していけるか、まさにこうした理念と文化構築を図る、この国にとっての「根源療法」としての意義を擁している。


その意味で、安易に「ジャパン・ブランド」などのHow To的発想と結びつけて考えるべきではない。むしろ、これはわが国のグランドデザインの問題である。



投稿者 Nakanishi : 2006年02月21日 18:15