中西元男 実験人生
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« 昨年末に飛び込んできた実に嬉しい話題メイン早稲田大学戦略デザイン研究所 2「出発点と将来創り」 »

早稲田大学戦略デザイン研究所 1「誕生物語」

2006 / 1 /11

早稲田大学に「戦略デザイン研究所」なるプロジェクト研究所が設立されて早いもので春にはそろそろ2年を迎えようとしています。


この研究所設立の目的は、早稲田大学の創立125周年である2007年に「戦略デザイン学部(?)なる新しいコースのカリキュラム提案をする」というのが白井克彦総長とのお約束です。ただ、現状はそのこと以上に早稲田における大学改革や重要な新規プロジェクトの依頼に追われていて十分には本題に手が回っていないというのが実情です。どこかで巻き返しをしないと2007年なんてあっという間にきてしまいますからねぇ。

そもそも戦略デザイン研究所ができる発端になったのは一昨年の暮れに初めて白井総長に紹介されてお会いしたのがきっかけです。この時は前々からお付き合いのあった大橋一章会津八一記念館長(前文学部長)のご紹介があってお目にかかったのですが、丁度その時、例の早稲田の学生が中心になって問題を起こし世間を騒がせたスーフリ事件の直後で、お目にかかった最初は「一体このような時に何をしに来たのか?」といった雰囲気なのでした。が、私のやってきた仕事のことなどをお話していくうち、ものの15分も過ぎた頃にはまるで総長の表情が変わってきて「身内にもこんな人がいたのか」と渡邊副総長や広報室の人たちをはじめいろいろな人たちが呼ばれて、「早稲田のどこかで教えてもらえまいか?」という話に急転直下になって行きました。


その時、私は「通常の美術学校の延長のような内容の講義であれば今さら改めてやるつもりはないのです」と申し上げたところ、結局、「中西さんに白紙委任をするから是非構想提案をしてほしい」ということになり、急遽、上記の戦略デザイン研究所なる機関が設立され、私は外部の人間ですからそこの客員教授ということになってしまったのです。


ここは活動資金も自主調達しなければいけないのですが、この話を聞いた福武總一郎ベネッセコーポレーション会長兼CEOがポンと最初の基金を寄付して下さり、その後も青木擴憲アオキインターナショナル社長もまた多額の寄付をしてくださって、目下の貴重な活動資源になっているというわけです。これら資金のお陰で「西新宿35年間の定点撮影展」も研究所主催で行えたというわけです。



投稿者 Nakanishi : 2006年01月11日 18:47