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松屋銀座:山中かん社長の7回忌に「思い出すこと2」

2005 / 11 /14


※77年当時の松屋外観

確かに気がついてみると私自身もいつの間にか銀座の百貨店に足を運ぶことなどなくなっていた。かつて東京に出てきた頃、そしてデザインの勉強を始めた頃、私は松屋には随分出かける機会が多かった。


その主な理由はここには「グッドデザインコーナー(現在もある)」があり、当時としては珍しかった世界の名品とも呼べる素晴らしい先端デザイン商品が陳列してあったからだ。もちろん1950年代後半の私はそれを買えるようなふところ状況にはなかったから、ショウケースの中にあるグッドデザイン商品たちを垂涎のまなこで眺めることが私に出来る精一杯のことであった。


しかし世の中が豊かになり、気がついてみるとあちこちにグッドデザイン商品と呼べるものが出回り始めた。それでも松屋のそのコーナーは特別ではあったが、いつしか足は遠のいていた。いやむしろ銀座という商街区や百貨店という業種が魅力を失ってきていたといったところが正直な理由であったのかも知れない。

仕事の依頼を受けた直後から詳しく店内を見始めて驚いた。そこはまさに経営不振業と呼ばれる典型的な状況を呈していたからだ。


業種を問わず経営不振店の特色は、1に掃除が行き届かず、2にやたら古い掲示物まで張り巡らされ、3に従業員が客の方を見ていないという特色を持つ。それが私の経験からいえることだったが松屋はまさにその全てが揃っていた。


※年末休日昼頃にSALEビラのぶら下がった1F主通路


加えて、各種調査資料も山積していた。ただ、ロウデータから調べ直してみると、まとめとして載っている調査報告概要も結構首を傾げるような状況のものが多かった。社員の人たちに話を聞くと、昔からの固定客の多くがブランド物ファッションは数寄屋橋阪急に取られ、若者客は当時岡田社長で有名だった銀座三越に取られ、食料品は高島屋に取られと等々次々と近隣ライバル店の名前が列挙された。しかし、どうも根本原因はそういうところにはなく渋谷・新宿・池袋といった他商圏に奪われていったらしいことが判ってきた。


加えて、この辺りからなら銀座に買い物に出てくる客がいるであろう広域商圏調査の結果をみると、なんと7割の人たちが松屋と松阪屋の区別が定かではないという驚くような結果が判明してきた。要するに銀座にある松の字のつく百貨店といった程度の認識というか存在感なのだ。個性喪失も極まれりといった状況を呈していた。


※関連記事
松屋銀座:山中かん社長の7回忌に「思い出すこと1」
・松屋銀座:山中かん社長の7回忌に「思い出すこと2」
松屋銀座:山中かん社長の7回忌に「思い出すこと3」
松屋銀座:山中かん社長の7回忌に「思い出すこと4」



投稿者 Nakanishi : 2005年11月14日 10:39