中西元男 実験人生
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好漢、長峰秀鷹逝く

2004 / 10 / 5

「博多の中西元男」と言われている人がいると言って紹介されたのが、インテリア&スペースデザイナーである長峰秀鷹さんと初めて会ったときでした。以来、日本デザインコンサルタント協会や福岡デザインリーグなどいろいろな場で顔を合わせたのをはじめ、いつも熱心にデザインの可能性を語り、笑顔を絶やさない気持ちのいい彼の人柄に惹かれて、何度も席を一緒にすることになりました。そして、最後にどうしてそういう話しになったのかが定かではないのですが、酔眼朦朧の流れの中で「東京でよく行く僕の好きなそば屋の鴨南蛮うどんが美味しくて、是非それを一緒に食べに行こう」との話しになっていたのですが、その彼があっと言う間に喉頭癌で急逝してしまいました。

それから5ヶ月、「偲ぶ会」が9月30日木曜の夜に福岡のホテル・イルパラッツォで催されました。この会には無理をしても参加したいと思っていたので、折り返すように出席の返事を出したら遠いのに3番目に届いたと事務局の人から感謝されました。

当日はぎりぎりで福岡に到着し会場に入ると、祭壇に彼の磊落かつ人懐っこく笑う大きな写真が飾られ、その前に山笠祇園祭で愛用していた法被が置かれ「まさに博多男逝く」の思いを強くしました。
この時、初めてお目にかかった長峰夫人にご挨拶をしましたら、「本当に似てる」と言われ、「そんなものかなぁ」と不思議な思いをしました。大体、世の中には自分とそっくりの人がもう二人はいるといわれますから、そういう縁だったのかも知れません。ただ、長峰さんはアメフトを学生時代からやっていたりして体つきは僕の一回り以上は大きかったのですが、雰囲気なのでしょうか。

彼は福岡の名門:修猷館高校を出て早稲田大学に入り、そこを中退して武蔵野美術大学基礎デザイン学科にはいったという意図を持ってデザインの道を選んだ人です。それだけに彼の姿勢や自分の生き方は職場が変わっても一貫したものがあったと思いますし、それ以上に、故郷福岡を愛し抜いたデザイナーであったと言えましょう。そうしたかれの仁徳をしたって当日は160人以上もの大勢の人が長峰さんとの別れを惜しみに参集しました。

デザインの社会的な成果に情熱を傾けていた長峰さんは、僕より年齢的には七つも若かく逝ってしまったわけですから、これからの僕は「東京の長峰」として、彼の分まで頑張らないといけないですね。                               合掌



投稿者 Nakanishi : 2004年10月05日 10:01