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初めてのアメリカ行と私感:日米航空事情 (2)

2004 / 10 /20

さて、飛行機がニューヨーク(NY)に着いてみると、アメリカの航空事情がわが国のそれとはあまりにも異なっているのに驚きました。異常なくらいに日常の足化しているのです。

エアシャトルなどという便利な仕組み(今の羽田〜ソウル間も便利になりましたが、当時のNYはまるで異なった仕組みであり印象でした)があって、NY〜ワシントンやNY〜ボストンなどは3,4,5時といった具合に毎定時1時間ごと出発便が待っていて、集まった人がたった一人でも定員オーバーすると次のヒコーキを出すのだというのです。料金は飛行機の中で支払いとまるでバスの感覚です。通路をスチュワーデスが台車を引いて回ってきて、現金でもクレジットカードでもさっさと清算してくれるのです。これがあったため休日などでも気軽にワシントン国立動物園ホワイトハウスの見学などにも出かけたものです。

飛行機の普及といえば、その頃の世界の航空会社の王者はパン・アメリカン航空でした。マンハッタンはグランドセントラルステーションの真上にまるでゲートのように本社ビルがそびえ立ち、NYの数ある著名企業の中でも別格の存在との印象を受けました。

当時は巨大なジャンボジェット機なるものが出たばかりの頃で、ボーイング社製の最初の30数機全てのジャンボ機はPanAm社に納入され、この時点ではこの会社にしか存在しませんでした。同社のCIを取材して記事を書くためにNYの本社を訪れたのですが「われわれのサービスの実態を見て貰うためにはフロリダの訓練所にも行って欲しい」といわれ出かけて行きました。

いきなり陽光燦々のマイアミの地に降りたってPanAmの訓練センター行ってみると、おそろしく立派な施設であるばかりか、あらゆることがほとんどマニュアル化されていてアメリカらしいなと感心したものです。

たとえば、飛行機が事故で海に落ちた時の対応訓練の現場などを見ていると、実施訓練の時間以外はスチュワーデスの卵の皆さんがそれぞれに分厚いマニュアルを手にして必死に読みふけっているのです。派手な水着姿の大勢の女性達がそれぞれにプールサイドのデッキチェアに横になり、必死で黒い表紙の訓練マニュアルに読みふけっている姿は実にミスマッチで不思議な光景に映りました。

食事のサービス訓練用の現場では、エコノミーやファーストクラスの模型が寸分違わず出来ていて、そこで僕もお客様のモデルとなり食事をして気がついたことを言わされました。この時は丁度スチュワーデスの卒業式の日にも当たり、出席して欲しいと言われて、僕も若く美しい新人スチュワーデスの一人に卒業証書を手渡し、首に記念のメダルを掛けてあげたのですが、本当に貴重なチャンスに巡り会えたと今もって良い想い出です。因みにその時聞いた話では、PanAmの当時のスチュワーデスになり手のほとんどは北欧出身者達とのことでした。

整備訓練所の方にも出かけましたが、その時には世界中の航空会社でここにしかないジャンボジェットのエンジンが置かれ、盛んに整備実習が行われていました。エンジンの空気取り入れ口に立っていいよと言われ、梯子を上ってエンジンの丸い胴の所に立って見ましたが、手を伸ばしても届かないほどの円筒の高さというかスケールの大きさにビックリしたのを覚えています。

そんなPanAmもはるか前に倒産してしまいましたが、先日のブラニフ展では、当時、世界の航空網を制覇した印象的な地球マークの入りバッグが展示されていて、時の流れを感じながら懐かしく眺めて参りました。

考えてみると、この最初のアメリカ取材旅行が、僕のこれまでの旅経験の中でも最も印象深い諸々があったと思います。そんななけなしの資金をはたき、辛酸必死のアメリカ珍道中のお話も、今後随時ご紹介して参りたいと考えています。



投稿者 Nakanishi : 2004年10月20日 01:31