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ポンペイ

2004 / 9 /24

敬老の日の夜TBSで「ポンペイ」に関する興味深い2時間番組を見ました。僕がそもそもポンペイに興味を持ったのは、小学生の頃、家に岩波写真文庫(本当に影響力のある良書でした)という写真集があり、それを繰り返し見て以来のことです。今でもいろいろな記録写真がページレイアウトそのままに我が脳裏に焼き付いています。子供の頃のすり込みって凄いなと思います。

今から12年前、イタリア回遊旅行の旅程に組み込み、憧れのポンペイに出かけました。近くのもう一つの都市エルコラーノ(ヘルクラネウム)も含め、ここには2日間滞在してたっぷりと見物して回り、狂ったように写真を撮りまくったのを覚えています。早くから発掘されていたポンペイに比べるとエルコラーノは見物人もおらず一瞬にして炭化した木材部分などもあって、何か不思議な生々しさが漂っていました。

紀元79年のヴェスビオ火山の大噴火で、僅か19時間で完全に埋まってしまったこのローマ時代の都市(人口は1.5〜2万人と推定されますから中規模の都市でしょうか)は、まったく驚きの固まりのような遺跡であると同時に、その研究も次々と進み新しい事実が解明されつつあることを興味深く今回のTV番組でも知りました。

表情や動き、そして着ているモノまでそのままに石膏像になっているのは、火山灰の中に埋まって亡くなった人がその当時のまま空洞化した跡に石膏を流し込んで再現したものであることを写真集で知ったときは「何と頭のいい人がいるものだ」と子供心ながらに驚いた記憶があります。

実際に現地を見て回った時の印象はまさに強烈で、往時の盛況ぶりが手に取るように浮かび上がる遺跡の数々、それはワインの貯蔵庫、パン屋やクリーニング屋、BARと文字の残る居酒屋、そして、今回の番組では出てこなかったのですが落書きの残る売春宿まで、そこに生活していた人たちの生々しい息づかいが聞こえてくるような迫力をこの街は伝えてくれます。

そういえば、ローマの貴人達はポンペイにお妾さんを置いて週末には船で通ってきていた等と説明を受けた記憶もあります。家々の入り口にはその家にゆかりのあるモザイクなどがあり、犬の絵が生き生きと描かれていたり、門前のイチョウの葉っぱのモザイクタイルなどは東京都のイチョウの葉っぱと寸分違わぬデザインで、現在の都のマークが決まったときはどうしてわざわざポンペイの模様をそのまま持ってくるのかと思ったものです。

ここで亡くなった人たちの表情に苦悶の跡がないのは何故か?それは有毒ガスで一瞬にして死亡したからとの解説を昔本で読んだ記憶もありますが、今回のTV番組ではこのあたりの経過が実に細かく興味深く火山学者による解説で解き明かされていきまさに興味津々でした。

結局、最初の噴火の頃は軽石等が飛んできていたポンペイの街も、最終的に強烈な火砕サージ(雲仙普門岳の火砕流よりもっと強い溶岩の流れ)に埋め尽くされ、貴重な歴史的資料として封印され、現在も延々と発掘や解析研究が続けられるところとなっています。

ヴェスビオスは現在も活動を続けるヨーロッパ唯一の活火山だそうです。
火山国日本に住む私たちだから余計ポンペイが気になるのでしょうか。それともこの街が人一倍気になる僕だけの特化現象なのでしょうか。

◆参考情報



投稿者 Nakanishi : 2004年09月24日 10:45